コリントの信徒への第二の手紙12章 パウロの見た幻と啓示

フィンランド語原版執筆者: 
パシ・フヤネン(フィンランド・ルーテル福音協会牧師)
日本語版翻訳および編集責任者: 
高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)

「コリントの信徒への第二の手紙」12章1〜6節 すべてを言葉で語ることはできない

「わたしは誇らざるを得ないので、無益ではあろうが、主のまぼろしと啓示とについて語ろう。」
(「コリントの信徒への第二の手紙」12章1節、口語訳)

本意ではないものの、パウロは「自慢話」を続けます。

なぜパウロは自分の見た幻について語り始めたのでしょうか。コリントの信徒たち、あるいはパウロの敵対者たちが見た別の幻と自分の見た幻とを対照させるためだったのでしょうか。それとも、パウロは聖霊様が不思議な御業を彼に示されたことを言いたかっただけなのでしょうか。いったい何がその理由であったのかを決めるのは不可能でしょう。

超常的な宗教現象に熱狂する一部のコリントの信徒たちに冷静さを取り戻させることをパウロはすでに「コリントの信徒への第一の手紙」12章でも試みています。このことからも想像されるように、コリントの信徒たちの宗教理解にとって彼らが見る様々な幻はとても大きな宗教的意味を持っていたようです。なお、コロサイの信徒たちにも似たような傾向が見られたことが「コロサイの信徒への手紙」2章18〜19節からわかります。

パウロは12章2節と5節で、幻を見たのが彼とは別の人物であったかのような言い方をしていますが、実際にはそれが彼自身であったことが12章7節からわかります。おそらくパウロはこのような言葉遣いをすることで、この幻をめぐる出来事が神様によるものであって彼自身はたんにその対象となったに過ぎないことを強調しようとしたのではないでしょうか。

この幻による啓示は西暦40年頃に起こりました。その時パウロはシリアのアンティオキアにいました(「使徒言行録」11章25〜26節)。彼がこの幻を見たのはダマスコへ向かう時に起きた不思議な出来事(「使徒言行録」9章1〜19節)とは別の出来事だったことになります。

「第三の天」(12章2節)と「パラダイス」(12章3〜4節)とは内容的に同じものを指しています。当時のユダヤ教では天の仕組みについて二つの見方がありました。その「階層」は三つかあるいは七つあり、後者の場合にパラダイスは第三あるいは第四の層に位置するとされていました。おそらくここでパウロは「最上階の天」すなわち神様に最も近い場所を意味していたのだと思われます。

「パラダイス」について新約聖書は三回だけ言及しています。この箇所と「ルカによる福音書」23章43節と「ヨハネの黙示録」2章7節です。また「ルカによる福音書」16章22〜31節も参考になります。

パウロは自分の見た幻の啓示についてあれこれ詮索しようとはしません(12章1、3〜4節)。その啓示は彼自身も説明できない何か、説明したくない何かだったのです。彼が見たことのうちの一部分は語ることさえ許されないものでした(12章3〜4節)。次の「ヨハネの黙示録」にも同様の事例が記されています。

「七つの雷が声を発した時、わたしはそれを書きとめようとした。すると、天から声があって、「七つの雷の語ったことを封印せよ。それを書きとめるな」と言うのを聞いた。」
(「ヨハネの黙示録」10章4節、口語訳)

パウロはコリントの信徒たちが自分のことをかつての彼ではなく今のありのままの彼自身として受け入れてくれることを望みました(12章6節)。それゆえに、彼は自分の不思議な宗教的体験をことさら強調しようとはしませんでした。そのようなことをしてもコリントの信徒たちの益にはならないし、彼らを神様の御許へと近づけることにもならないからです。パウロはただ福音を宣べ伝えたかっただけなのです(「コリントの信徒への第一の手紙」2章1〜5節)。なぜなら、福音のうちにこそ救いをもたらす神様の力が臨在しているからです。霊的な経験は常に個人的な出来事です。それとは対照的に、神様の御言葉は公に全ての人に向けられています。

「コリントの信徒への第二の手紙」12章7〜10節 肉に刺さった棘

ユダヤ教文献によれば、たった四人のラビだけが生きたままパラダイスを訪れる機会があったとされます。彼らのうちの一人は死に、一人は理性を失い、一人は驕り高ぶりグノーシス主義という異端に走りました。残りの一人アキバだけが霊的な平静さを保てるだけの強さを持っていたということです。

キリスト信仰者パウロとなる前のユダヤ人サウロはキリスト信仰者たちを迫害しました(「コリントの信徒への第一の手紙」15章9節)。この過去は、彼自身もまた神様からの罪の赦しの恵みによって救われた者の一人であることを常に彼に思い起こさせました。パウロが自らの行いによって義人になろうとしたかつての経験は後に彼が恵みのより深い理解に努めた時に役立ちました。

素晴らしい幻を見たパウロにとって傲慢になる誘惑は非常に大きいものでした。そのため、神様はパウロの肉体に「一つのとげ」をお与えになりました(12章7節)。神様はパウロの不思議な経験を、彼に与えた肉体的な苦痛によって均衡させようとなさったのではないでしょうか。この「とげ」はパウロに神様の助けなしでは何もできないことを絶えず思い出させることになったのです。

ところで、この「とげ」とはいったい何だったのでしょうか。教父クリュソストモスとアウグスティヌスまた宗教改革者マルティン・ルターは、パウロを苦しめ迫害した人々のことを指しているのではないかと考えました(12章10節を参照してください)。たしかにパウロは反対を受けずに福音を宣べ伝えることはできませんでした。

比較的新しい聖書研究では「とげ」は何らかの病気のことではないかと推定されています(「ガラテアの信徒への手紙」6章17節の「イエスの焼き印を身に帯びている」という表現はそれに関連しているとされます)。具体的にどのような病気であったかについては多くの説明が提案されています。パウロには一般的な意味での体力は十分にあったと思われます。もしもそうでなければ、彼は長期にわたる海外宣教の旅に耐えることができなかったでしょう。ですから「とげ」は一般的に体調を崩すような病気のことではなかったでしょう。「とげ」の候補として蓋然性が高いと思われるのは目の病気です。ただし「ガラテアの信徒への手紙」4章15節の「あなたがたは、できることなら、自分の目をえぐり出してでも、わたしにくれたかったのだ。」(口語訳)という、ガラテアの信徒たちがパウロに強い共感を示した箇所はただの比喩的表現であった可能性もあります。

パウロの「とげ」が何であったのかはっきりしないのは実はよいことだと思います。もしもその内容が特定できるならば、それ以外のものは「肉体に与えられたとげ」ではないと私たちは考えてしまうかもしれないからです。コリントの信徒たちはパウロの言う「とげ」が具体的に何であるか知っていたかもしれません。しかし、私たち聖書の読者にはそれは謎として残されています。

「とげ」はサタンの仕業であると同時に神様の御業でもありました。サタンはその「とげ」を悪用してパウロの福音伝道を妨げようとしました。しかし、神様はパウロの「とげ」を御自分の目的のために善用なさいました。それはパウロが神様の御許により近く引き寄せられて、神様にいっそう依存するようになることでした。

パウロの「とげ」は彼が捨てることのできなかった「習慣化した罪」などではなかったのは明らかです。罪との関係が全くない神様は私たちのことも罪から解放しようとされます。それとは逆に私たちをあえて罪に結びつけるようなことを神様は決してなさいません(12章8、9節を参照してください)。

「神様は御自分に属する者たちをあらゆる病気からも解放してくださる」という考え方をする人々も時折見受けられます。ある時「キリスト信仰者は病気にならない」と言い張る若いキリスト信仰者に対して経験豊かな宣教師はこう答えたそうです、「私には治る見込みのない病気が一つあるし、神様はもう一つの病気を私にお与えになるのではないかと思います。それは私を神様の近くに留めておくためなのです」。

「コリントの信徒への第二の手紙」12章11〜13節 しるしと奇跡

不思議な体験談を語り終えたパウロは自分が「愚か者となった」と嘆きます。コリント教会に対する愛のゆえに彼は自らをこれほどまでに低めることも辞さなかったのです。

「わたしは、使徒たるの実を、しるしと奇跡と力あるわざとにより、忍耐をつくして、あなたがたの間であらわしてきた。」
(「コリントの信徒への第二の手紙」12章12節、口語訳)

上掲の節はルカが「使徒言行録」でパウロについて述べたことがパウロをめぐる出来事のごく一部に過ぎなかったことをあらためて示しています。例えばルカはコリントで起きた奇跡について何も言及していません。

イエス様は御自分に従う者たちが御自分と同じようなしるしや奇跡を行うようになることを約束なさいました(「マタイによる福音書」10章8節、「マルコによる福音書」16章17〜18節)。しかも、それらのしるしや奇跡はイエス様がなさったものよりもさらに大規模なものになるとも言われています(「ヨハネによる福音書」14章12節)。使徒たちの活動には様々な奇跡が付随しました(「ローマの信徒への手紙」15章18〜19節、「ヘブライの信徒への手紙」2章3〜4節)。奇跡の出来事には真の預言者と偽の預言者を明確に区別するひとつの基準となる役割もありました。

パウロは自分が行なった奇跡をことさら強調しませんでした。このことは、パウロが最も大切にしていたのが伝道活動の内容すなわち福音であり、それを伝えるやり方(奇跡もその一つ)ではなかったことを示しています。

コリントの信徒たち自体が、パウロが使徒であることの最上の証でした(12章11節)。彼はコリント教会の設立者だったからです。

パウロがコリントの信徒たちから福音伝道にかかった経費を請求しなかったという「不義」(12章13節)はそのつもりさえあれば容易に修正できることでした。富裕なコリントの信徒たちはエルサレムの貧しい信徒たちのためにたくさん援助金を与えることでパウロの仕事を間接的に支援することができるからです(8〜9章)。しかし、このプロジェクトにおいてもパウロの関心はお金にはなく、コリントの信徒たちにとってこのやり方が信仰的に有益であることにありました。

「さて、わたしは今、三度目にあなたがたの所に行く用意をしている。しかし、負担はかけないつもりである。わたしの求めているのは、あなたがたの持ち物ではなく、あなたがた自身なのだから。いったい、子供は親のために財をたくわえて置く必要はなく、親が子供のためにたくわえて置くべきである。」
(「コリントの信徒への第二の手紙」12章14節、口語訳)

ここで付け加えておくと、使徒たちを通して起きた聖書に記されているしるしと奇跡はその全てが肯定的なものばかりだったわけではありません。アナニヤとサッピラの死(「使徒言行録」5章1〜11節)や魔術師エルマの失明(「使徒言行録」13章6〜12節)などのしるしも神様の御心のあらわれとして受け入れる心の用意が私たちにはできているでしょうか。

罪に堕落しているこの世において、神様の御業はこの世に対する裁きとして現れる場合もあります。しかし、現代人の大多数はこのような「神様による裁き」という考え方に全く興味を示しません。

「コリントの信徒への第二の手紙」12章14〜18節 羊飼いと羊たち

真の羊飼いは自分自身の利益についてではなく世話をしている羊たちにとって何が最善であるかに関心を持ちます(12章14〜15節)。完全無欠な羊飼いはイエス・キリストだけです(「ヨハネによる福音書」10章1〜13節)。パウロはキリストの模範に倣おうと努めました。そして、これはキリスト教会の牧者が皆行うべきことでもあります。

その一方で、教会員は教会の牧者の欠点をことさらあげつらうべきではありません。もしも教会員がそのような態度を取るならば、牧者は伝道意欲を失ってしまうかもしれません。この世は常に不完全で不安定な状態にあるという冷静な現実認識を教会員はまず持つべきです。

「パウロはエルサレムの貧しい信徒たちのために集められた寄附金を横領するかもしれない」という嫌疑をパウロはかけられたのでしょうか(12章16〜17節、7章2節)。もしかしたらこのような非難があったために、あるいはこのような非難をあらかじめ避けるために、パウロはこの募金活動を一人で実行せずに、他のキリスト信仰者たちと一緒に行なったのかもしれません。

キリスト教信仰に基づく寄附金活動は「誰かがそのお金をこっそり着服したかもしれない」という疑いが生じない公明正大なやり方で行うことが大切です。

「わたしは、テトスに勧めてそちらに行かせ、また、かの兄弟を同行させた。テトスは、あなたがたからむさぼり取ったことがあろうか。わたしたちは、みな同じ心で歩いたではないか。同じ足並みで歩いたではないか。」
(「コリントの信徒への第二の手紙」12章18節、口語訳)

この節はテトスの以前の旅(7章13〜14節)に言及しています。この旅は彼がコリントに行って寄附金活動の準備をした時の旅(8章18〜24節)とは別のものです。

「コリントの信徒への第二の手紙」12章19〜21節 自己吟味の機会

手紙の冒頭(1章15〜24節)でパウロはコリントを再訪するという約束を今まで実現できなかった理由を説明しました。そしてここではコリント教会が彼の3度目の訪問に向けて心の準備をするように指示しています。

「あなたがたは、わたしたちがあなたがたに対して弁明をしているのだと、今までずっと思ってきたであろう。しかし、わたしたちは、神のみまえでキリストにあって語っているのである。愛する者たちよ。これらすべてのことは、あなたがたの徳を高めるためなのである。」
(「コリントの信徒への第二の手紙」12章19節、口語訳)

この節のパウロの発言は意外に思われます。今までの彼は懸命に自己弁護に努めてきたように見えるからです。ある意味ではその通りです。しかし、彼がそうしたのは神様の御前においてであってコリントの信徒たちに向かってではありませんでした。パウロはコリント教会の裁きを受けるためではなく神様の裁きを受けるために立っているのです。

私たちにとっても最も重要な裁きは神様による裁きです。人々は私たちを誤って評価する可能性があります。私たちについて彼らが下す判断は不当に良すぎる場合もあれば悪すぎる場合もあります。しかし、神様の裁きは常に正義に基づいており公平です。しかも、それは最終的な判決であり、もはやその変更を要求するのは不可能です。

手紙を通してパウロはコリント教会を強めようとしています(10章8節、「コリントの信徒への第一の手紙」3章9節、14章1〜5節)。パウロは「問題児」を見捨てません。パウロは自分が設立した他の諸教会のほうに力を注ぐことももちろんできたはずです。しかし、コリント教会を放っておくことができませんでした。重大な欠点があったにもかかわらずコリント教会を愛していたからです(12章19節)。

幸いなことに神様も罪人である私たちのことをお見捨てになりません。人間は皆、何度となく繰り返し神様に反抗する罪人なのにです。もしも天の御国に入れるのが「よい人間」ばかりであるならば、それはさぞかし閑散とした場所であることでしょう。
 もしもコリントの信徒たちが悔い改めない場合には、悲しみを堪えつつ厳然とした姿勢をとるパウロを客人として迎えることになります(10章2節)。しばらく前からコリント教会には罪の生活を続ける者たちがいました(13章2節)。ここでいう「罪」とは散発的な罪への堕落のことではありません。

「わたしは、こんな心配をしている。わたしが行ってみると、もしかしたら、あなたがたがわたしの願っているような者ではなく、わたしも、あなたがたの願っているような者でないことになりはすまいか。もしかしたら、争い、ねたみ、怒り、党派心、そしり、ざんげん、高慢、騒乱などがありはすまいか。」
(「コリントの信徒への第二の手紙」12章20節、口語訳)

上掲の節で挙げられている罪はいわゆる「よい信徒たち」によって行われている罪です。それゆえに、それらの罪を「罪」であるとはっきり指摘して悔い改めを要求することが難しいのです。

「わたしが再びそちらに行った場合、わたしの神が、あなたがたの前でわたしに恥をかかせ、その上、多くの人が前に罪を犯していながら、その汚れと不品行と好色とを悔い改めていないので、わたしを悲しませることになりはすまいか。」
(「コリントの信徒への第二の手紙」12章21節、口語訳)

この節に挙げられている罪はいわゆる「公然の罪人たち」による罪です。ですから、それらの罪を告発し叱責することは容易であるとも言えます。しかし、神様の御前においては、全ての罪は「罪」であるという点では変わりありません。

「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。」
(「フィリピの信徒への手紙」4章6節、口語訳)

このようにパウロはキリスト信仰者たちに嘆き悲しまないように指示しています。しかし、それでも彼は自分が悲嘆することになりはしないだろうかと思案しています(12章21節)。どうしてパウロは自己矛盾に見えるような態度をとっているのでしょうか。「フィリピの信徒への手紙」では、パウロはこの世の事柄について悲嘆することを禁じています(「マタイによる福音書」6章25〜34節も参照してください)。しかし、「コリントの信徒への第二の手紙」では、彼はコリント教会が異端の教えに巻き込まれて永遠の滅びに陥らないように心を砕いているのです。永遠の滅びに陥る危険に瀕している教会のことを深く心配するのは当然です。

もしもコリントの信徒たちがパウロの要求する悔い改めを拒む場合には、それはコリント教会がパウロの伝道全体に疑いの眼差しを向けることを意味します。そして、パウロは神様の御前で自分の伝道の失敗を恥じ入ることになるでしょう。「わたしの神が、あなたがたの前でわたしに恥をかかせ」という上掲の「コリントの信徒への第二の手紙」12章21節の表現はこのことを指しているのではないかと思われます。