フィリピの信徒への手紙

執筆者: 
パシ・フヤネン(フィンランド・ルーテル福音協会牧師)
日本語版翻訳および編集責任者: 
高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)

「フィリピの信徒への手紙」ガイドブック

日本語版ではある程度まで内容的な編集が施されています。
聖書の引用は原則として口語訳によっています。
例えば「1章18〜26節」のように章と節のみを記したものは、それが「フィリピの信徒への手紙」の箇所であることを示しています。

 

「フィリピの信徒への手紙」1章  パウロは囚人でもあり自由人でもある

「小さいローマ」

紀元前358年、アレキサンダー大王の父フィリッポス2世は点在する多数の町々を統合して自分の名を冠する一つの都市としました。こうしてできたのがフィリピです。

紀元前42年、フィリピの近郊で行われた戦いでアントニウスとオクタヴィアヌスの率いる軍は、ガイウス・ユリウス・カエサルの殺害者ブルートゥスおよびカッシウスの軍に対して勝利を収めます。紀元前31年、アクティウムの海戦でアントニウスとクレオパトラの連合軍に勝利したオクタヴィアヌスは皇帝アウグストゥスとなり、ローマの政体は共和政から帝政に移りました。アウグストゥス帝はフィリピを軍人の植民都市すなわちコローニアとします。それにともないフィリピ市民はローマ帝国民とほぼ同様の特権を得ました。彼らは帝国内における自分に与えられた特別な立場に強い誇りを持っていました。

フィリピは非常に裕福な都市でした。かつて繁栄を支えていたのは金や銀の鉱脈でした。それが枯渇すると今度は交通の要所として高い生活水準を維持することができるようになったのです。

ヨーロッパで最初にパウロが設立した教会

パウロは第二次伝道旅行中の49年か50年にフィリピを訪れました(「使徒言行録」16章11〜12節)。フィリピの教会が設立される以前からヨーロッパにはすでにキリスト信仰者たちが住んでいました。例えばローマの教会はすでに30年代か遅くとも40年代の初頭には形成されていました。キリスト教信仰をヨーロッパに最初に伝えた人物はフィリピを訪れたパウロではなかったということです。とはいえこのパウロの宣教活動こそがその後のヨーロッパ全体を変革することになったのです。

パウロはフィリピではわずかの間だけ活動しただけで、その後すぐにテサロニケに出発しなければなりませんでした。

おそらくフィリピにユダヤ人はごく少数しか住んでいなかったものと思われます。というのは、フィリピ市にはシナゴーグ(ユダヤ人の会堂)さえなく、パウロは伝道活動を川のほとりにあった祈りの家で始めなければならなかったからです。そこにいた紫布の商人で神を敬うルデヤという婦人が家族ともどもキリスト信仰者になりました。フィリピの教会は異邦人キリスト信仰者が大多数を占める教会であったと思われます。

祈り場に行く途中でパウロとシラスは占いの霊につかれた女奴隷に出会いました。彼女は占いをして、その主人たちに多くの利益を得させていました。彼女に伝道を妨害され続けたパウロとシラスが「イエス・キリストの名によって命じる。その女から出て行け」と言うと、その瞬間に霊が女から出て行きました。彼女の主人たちは自分らの利益を得る望みが絶えたのを見てパウロとシラスとを捕えて役人に引き渡しました。投獄された二人は真夜中ごろ、神に祈り、さんびを歌い続け、囚人たちは耳をすまして聞き入っていました。ところが突然、大地震が起って、獄の土台が揺れ動き、戸は全部たちまち開いて、みんなの者の鎖が解けてしまいます。

「獄吏は目をさまし、獄の戸が開いてしまっているのを見て、囚人たちが逃げ出したものと思い、つるぎを抜いて自殺しかけた。そこでパウロは大声をあげて言った、「自害してはいけない。われわれは皆ひとり残らず、ここにいる」。すると、獄吏は、あかりを手に入れた上、獄に駆け込んできて、おののきながらパウロとシラスの前にひれ伏した。それから、ふたりを外に連れ出して言った、「先生がた、わたしは救われるために、何をすべきでしょうか」。ふたりが言った、「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」。それから、彼とその家族一同とに、神の言を語って聞かせた。彼は真夜中にもかかわらず、ふたりを引き取って、その打ち傷を洗ってやった。そして、その場で自分も家族も、ひとり残らずバプテスマを受け、さらに、ふたりを自分の家に案内して食事のもてなしをし、神を信じる者となったことを、全家族と共に心から喜んだ。」
(「使徒言行録」16章27〜34節、口語訳)

後にパウロは第三次伝道旅行の際にもフィリピを二度訪問しています。それはエフェソからコリントへ向かう旅の時と(「コリントの信徒への第二の手紙」2章13節)コリントからエルサレムに向かう旅でのことでした(「使徒言行録」20章6節)。

獄中書簡

「フィリピの信徒への手紙」はパウロが投獄中に書いた「獄中書簡」のうちの一つです。それらは四通あります。
「フィリピの信徒への手紙」(1章7節)
「フィレモンへの手紙」(1節)
「コロサイの信徒への手紙」(4章18節)
「エフェソの信徒への手紙」(3章1節)
(括弧内の章節はその手紙が獄中で書かれたことを示唆する箇所です。)

どこの牢獄で「フィリピの信徒への手紙」や他の獄中書簡が書かれたのかについては研究者の間で意見が分かれています。

その候補地としてはカイザリヤとエフェソとローマが挙げられています。

パウロがカイザリヤの獄中でこれらの手紙を書いた可能性はほとんどありません。その時点でパウロは自分が裁判をすぐその場で受けることなくローマに連行されることを知っていましたが(「使徒言行録」23章3節〜26章32節)、「フィリピの信徒への手紙」での彼は裁判を受けるのが間近に迫っていると考えているからです(1章18〜26節)。

エフェソ説の難点はパウロがエフェソで投獄されたという記述が「使徒言行録」には見当たらないことにあります。ただし「使徒言行録」はパウロに起きたすべての出来事を詳細に述べたものではないという点は考慮しなければなりません。パウロは幾度も投獄されたことがあると語っています(「コリントの信徒への第二の手紙」11章23節)。しかし「フィリピの信徒への手紙」が書かれた際の投獄期間はかなり長かったものと思われます。その期間中にフィリピの信徒たちとパウロは何度も連絡を取り合っていたからです。

ローマ説では今述べたフィリピの信徒たちとパウロの間の連絡が問題になります。というのはローマからフィリピまでは当時の旅で二ヶ月ほどかかるものだったからです。これほどの長距離をものともせずに頻繁に連絡が交わされるのは可能だったのでしょうか。

上述のような疑問点は残りますが、パウロが「フィリピの信徒への手紙」を書いたのはローマであったとするのが伝統的な見解です。ローマ説は他の説と比べて難点が少ないため正しい説であると推定されます。この説の正しさの根拠としては「兵営」(1章13節)や「カイザルの家の者たち」(4章22節)という表記が手紙の中に出てくることを挙げることができます。これらの表記は手紙が書かれたのがエフェソであった場合にも当てはまりますが、それでも表記の内容が一番自然に適合するのはやはりローマだからです。

「フィリピの信徒への手紙」は60年代の初め頃にローマで書かれたものと思われます。(この手紙がエフェソで執筆されたのならば55年頃に書かれたことになります)。

「フィリピの信徒への手紙」はパウロのすべての手紙の中で一番素直な感情に溢れた手紙だと言えます。この手紙でパウロはフィリピの教会から受け取った贈り物について感謝しており、フィリピの信徒たちの立てていた計画がエパフロデトの病気によって変更になったことを説明しています。

「フィリピの信徒への手紙」1章1〜2節 使徒の挨拶

「フィリピの信徒への手紙」の差出人としてパウロとテモテの名が記されています。手紙の後の箇所でパウロは一人称、テモテは三人称の存在として登場します(例えば2章20節)。このことからもこの手紙をパウロ自身がフィリピの信徒たちに書き送った手紙として扱ってよいことがわかります。

テモテはパウロの第二次伝道旅行に同行しました。その折にパウロはフィリピの教会を設立したのです(「使徒言行録」16章1〜4節)。

パウロはフィリピの信徒たちのことを「聖徒たち」と呼んでいます(1章1節)。「聖人」ではなく「聖徒」と呼んでいることに注目しましょう。「聖徒」は新約聖書でしばしばキリスト信仰者を指す言葉として総計60回以上も使用されています。

「聖徒」とは神様のために特別に分たれた者のことです。「コリントの信徒への第一の手紙」1章2節には「キリスト・イエスにあってきよめられ、聖徒として召されたかたがた」と表されています。要するに「聖」というのは特定の人間がキリスト信仰者として傑出した生き方をしたことへの報酬として獲得する尊称や特質ではなく、キリスト信仰者全員に賦与されている特質なのです。この特質は神様がキリスト信仰者各人を召してこの世から分たれたことに由来しています。

「自分は聖徒である」という自覚を持てるか否かは、私たちがいったい誰によって、どのようなものから、何のために分たれて召されたのかを正しく把握しているかどうかによって変わってきます。

パウロは教会の「監督たちと執事たち」にも挨拶を送っています(1章1節)。これら二つの職名をどう訳すべきか、今まで盛んに議論されてきました。単数形で表せばギリシア語原文ではそれぞれ「エピスコポス」と「ディアコノス」になります。前者はビショップ(教会長)の職、後者はディアコニア(教会の奉仕)の職を務める人を意味する用語です。これら二つの職務内容が当時と現代の教会では互いに異なっているのは明らかです。それでもこれらの職制が歴史的にみて現代の牧師、教会長、ディアコニアの職制の起源になっていることを忘れるべきではありません。

最初期の頃よりキリスト教会には教会を運営し統率する特定の信徒たちが存在しました。教会が堅く保たれて成長していくためには「霊による導き」だけではなく他の働きも必要とされたからです。いつの時代でも教会は特定の職務遂行のために個別に選ばれ責任を担ったキリスト信仰者たちを必要としてきたのです。

「フィリピの信徒への手紙」1章3〜11節 キリスト信仰者として成長することへの祈り

この箇所でパウロはフィリピの教会の過去(3〜5節)と現在(6〜8節)と未来(9〜11節)について述べています。キリスト信仰者として生きていく私たちもこの三つの時間軸を意識したほうがよいでしょう。

過去は私たちの現在と未来の生き方に深い影響を及ぼします。キリスト信仰者の家庭で育った人もいれば、リヴァイヴァル(信仰復興運動)をきっかけに信仰に入った人もいます。これら二つのタイプのキリスト信仰者の間にはそれぞれの過去の歴史に歴然とした相違があります。キリスト信仰者は皆それぞれ異なる過去の背景をもっており、それが各人の生き方に様々な刻印を押していることを私たちは事実として認めなければなりません。

過去が私たちを惹きつけ呪縛してしまう場合もあります。例えば「昔は良かった」と嘆くのもそのような態度のあらわれです。しかし神様は過去の歴史だけではなく何よりもまず今日という日をも統べておられるお方なのです。人が過去に犯してしまった過ちの数々は過去の罪であり、それらが今日という日を台無しにすることがあってはなりません。その一方で過去に受けた祝福にばかりすがりついて生きていくこともできません。神様はそれぞれの日に新たな恵みを備えてくださっているのです。

「主のいつくしみは絶えることがなく、
そのあわれみは尽きることがない。」
(「哀歌」3章22節、口語訳)

来るべき「キリストの日」(1章10節)すなわちキリストの再臨(およびこの世の終わり)はキリスト信仰者にとっては脅威ではなくむしろ希求し待望するべき出来事です。ある私の友人は「神様が私たちをどのような世界からどのような世界へと救い出してくださるのか正しい理解を得られるなら、私たちは今の自分の天国への憧憬よりもはるかに強く天国に入れることを熱望するようになるのだろうに。」と言ったことがあります。

「そして、あなたがたのうちに良いわざを始められたかたが、キリスト・イエスの日までにそれを完成して下さるにちがいないと、確信している。」
(「フィリピの信徒への手紙」1章6節、口語訳)

キリスト信仰者として生きることはキリストの中にとどまることであり、キリストが私たちの中で御業を行われることです。これは「ヨハネによる福音書」15章1〜11節の「ぶどうの木のたとえ」にもあらわれています。

1章9節でパウロはフィリピの信徒たちに「深い知識」と「するどい感覚」を祈っています。これらは「判断力」と言い換えてもよいでしょう。キリスト信仰者は個別の問題に対して正しい価値判断に基づき適切に把握し対処していく必要があります。

多くの異端の教えは、不変であるはずのものが相対的なものとみなされ相対的であるはずのものが不変なものとみなされるという価値基準の混乱に端を発しているとも言えます(「コリントの信徒への第一の手紙」10章23〜33節も参照してください)。

神様は理性を正しく用いるためにキリスト信仰者にお与えになったのです。

「フィリピの信徒への手紙」1章12〜26節 すべてにおいてキリストがすべてである

これから何が私たちに起こるのかを私たちが自ら選ぶことはできません。しかし、これから私たちに起こることに対して私たちがどのような態度を取るかについてなら私たちは自分で選択することができます。「どうしてまた私にこのようなことが起きるのか?」と嘆くのか、それとも「神様はこのことを通して何を私に教えようとされているのか?」と問いかけるのか、そのどちらを選ぶのかは私たちに委ねられています。

「さて、兄弟たちよ。わたしの身に起った事が、むしろ福音の前進に役立つようになったことを、あなたがたに知ってもらいたい。すなわち、わたしが獄に捕われているのはキリストのためであることが、兵営全体にもそのほかのすべての人々にも明らかになり、そして兄弟たちのうち多くの者は、わたしの入獄によって主にある確信を得、恐れることなく、ますます勇敢に、神の言を語るようになった。」
(「フィリピの信徒への手紙」1章12〜14節、口語訳)

神様は不幸な出来事をよい方向に変えてくださることができます。このことを上掲の箇所は私たちに教えてくれます。パウロが投獄された結果、「兵営全体にもそのほかのすべての人々」にも、さらには「カイザルの家の者たち」(4章22節)にまで福音が宣べ伝えられるようになったのはその好例です。

パウロが鎖に繋がれ投獄されたことを正しく受け止めることができず信仰的に躓いてしまった人々がローマのキリスト信仰者たちの中にはいました。教会の古くからの伝承によれば、ローマのキリスト教徒たちがパウロを拒絶したことがパウロに死刑の判決が下された一因となったとされます。

「一方では、ねたみや闘争心からキリストを宣べ伝える者がおり、他方では善意からそうする者がいる。後者は、わたしが福音を弁明するために立てられていることを知り、愛の心でキリストを伝え、前者は、わたしの入獄の苦しみに更に患難を加えようと思って、純真な心からではなく、党派心からそうしている。すると、どうなのか。見えからであるにしても、真実からであるにしても、要するに、伝えられているのはキリストなのだから、わたしはそれを喜んでいるし、また喜ぶであろう。」
(「フィリピの信徒への手紙」1章15〜18節、口語訳)

パウロは柔軟なものの見方のできる人でした。彼はローマのキリスト信仰者の一部の人々がパウロの投獄を底意地悪く冷笑していることには構うことなく、むしろキリストの福音が広がっていくことを最優先したのです。

このパウロの姿勢は今日でも大切にされるべきです。複数の伝道グループが互いに競合関係にある時に、一方のグループがめざましい成功を収めると、もう一方のグループはそれを一緒に祝うどころか、妬みをもって競争相手の失敗を期待するようなケースも少なくありません。しかし他のキリスト信仰者たちによる宣教活動が順調であることは決して私たちの宣教活動の妨げになるものではありません。このことを心に留めましょう。

付言しておきますが、上掲の箇所でパウロが述べているのは福音宣教者のもつ個人的な欠点や弱さについてであって、間違った教えをも許容しなければならないという意味ではありません。パウロの反対者たちがここでキリストについて宣べ伝えていた内容それ自体は正しかったがゆえにパウロは「それを喜んでいるし、また喜ぶであろう」と書いたのです。ですから上掲の箇所に基づいて異端の教えを容認したり吹聴したりすることは擁護すべきではないし正当化してもいけません。

キリスト信仰者たちへの迫害によってキリスト教会を潰そうとしてもほとんどの場合はうまくいきません。これは教会史を通じて明瞭に証明されています。「あなたを殺さないものは逆にあなたを強めることになる」と言われることもあります。教会にとっての最大の脅威は迫害ではなく、むしろ満ち足りた快適すぎる生活環境なのではないでしょうか。

「わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。」
(「フィリピの信徒への手紙」1章21節、口語訳)

この節は私たちの生活にもあてはまっているのでしょうか。多くの人にとってはおそらくちがうのではないかと思います。それでもこれが私たちの目指すべき目標であることは変わりません。「目標」というものは達成困難であるからという理由で簡単にあきらめてよいものではありません。

「そうなれば、わたしが再びあなたがたのところに行くので、あなたがたはわたしによってキリスト・イエスにある誇を増すことになろう。」
(「フィリピの信徒への手紙」1章26節、口語訳)

この節でパウロはフィリピをいつか再訪する希望を述べています。「ローマの信徒への手紙」15章23〜24節で彼はローマからイスパニヤ(ピレネー山脈の向こう側にある現在のスペインとポルトガルの地域のこと)に行く計画を立てていました。古いキリスト教会の伝承によれば、パウロはローマで解放されてからイスパニヤに赴いたとされます。それに対して牧会書簡(「テモテへの第一の手紙」「「テモテへの第二の手紙」「テトスへの手紙」)はパウロが東の方向に旅した後で再び捕らえられたことを仄めかしているとも読めます。あるいは上記の二つの伝承はそのどちらも正しいものかもしれません。ルカが「使徒言行録」に記した出来事の後でパウロにいったい何が起きたのか、私たちは残念ながら知りません。

「フィリピの信徒への手紙」1章27〜30節 戦うキリスト教信仰

「ただ、あなたがたはキリストの福音にふさわしく生活しなさい。そして、わたしが行ってあなたがたに会うにしても、離れているにしても、あなたがたが一つの霊によって堅く立ち、一つ心になって福音の信仰のために力を合わせて戦い、」
(「フィリピの信徒への手紙」1章27節、口語訳)

信仰の一致は教会を強く保つための基盤となるものです。歴史上に存在したすべての大国は内側から崩壊したと言われています。キリスト信仰者は戦わなければなりません。しかしキリスト信仰者同士で争い合うのではなく、この世と「魂の敵」(悪魔)とに対して戦うべきなのです。

「あなたがたはキリストのために、ただ彼を信じることだけではなく、彼のために苦しむことをも賜わっている。」
(「フィリピの信徒への手紙」1章29節、口語訳)

キリストのゆえに私たちの上に起こることはそのすべてが恵みです。しかし私たちはそれをきちんと受けとめることができるでしょうか。私たちは最終目標である天の御国をしっかりと見据えていないと、苦難によって自分が地面に押しつぶされるように感じる時にはキリスト信仰者として歩み続けることも難しくなるでしょう。