なぜイエス様は「私は〜である」という言い方をなさったのでしょうか?
日本語聖書の引用は口語訳によっています。
「および」で結びつけられた聖書の箇所はすべて同じ文書からの引用であることを示しています。例えば「「出エジプト記」23章19節および34章26節」という表記はどちらの引用箇所も「出エジプト記」からのものであることを意味しています。
なお、日本語版では聖書やキリスト教に馴染みの薄い読者もいることを考慮し、翻訳者の判断によって、聖書の箇所の追加やキリスト教用語の説明など、ある程度の編集が加えられています。
「私は〜である」というイエス様の御自分を定義づける御言葉は「ヨハネによる福音書」、「ヨハネの第一、第二、第三の手紙」、「ヨハネの黙示録」に記されています。
この表現の重要性を考察する前に、関連する旧約聖書の背景について最初に確認しておくことにしましょう。
旧約聖書の背景
神様の御名 「出エジプト記」3章11〜15節
「モーセは神に言った、「わたしは、いったい何者でしょう。わたしがパロのところへ行って、イスラエルの人々をエジプトから導き出すのでしょうか」。神は言われた、「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたがたはこの山で神に仕えるであろう」。
モーセは神に言った、「わたしがイスラエルの人々のところへ行って、彼らに『あなたがたの先祖の神が、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と言うとき、彼らが『その名はなんというのですか』とわたしに聞くならば、なんと答えましょうか」。神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」。また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、『「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。神はまたモーセに言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい『あなたがたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主が、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と。これは永遠にわたしの名、これは世々のわたしの呼び名である。」
(「出エジプト記」3章11〜15節、口語訳)
時が経つにつれ、神様の御名はイスラエルの民の間では聞かれなくなりました。いわば、消えていったのです。このことには、神様の御名をみだりに唱えることを禁じるモーセの戒律(「あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない。主は、み名をみだりに唱えるものを、罰しないでは置かないであろう。」(「出エジプト記 」20章7節)や、ユダヤ教におけるいわゆる「律法の囲い込み」などが関係していました。
「律法の囲い込み」とは、ユダヤ教の律法学者たちが、戒律で禁じられている事柄だけではなく、その周辺領域にある事柄も合わせて禁止したことを指しています。このようなやりかたには、公園の木を保護するために柵を設けるのと同じような意味合いがあります。「律法の囲い込み」の最も顕著な例は、モーセの律法の中で三度繰り返される「子やぎをその母の乳で煮てはならない」という禁令でしょう(「出エジプト記」23章19節および34章26節、「申命記」14章21節)。この戒律の本来の目的は、家畜にも憐れみの心を示すことにありました。しかし時が経つにつれ、律法学者たちはこの戒律を「囲い込み」、最終的には「乳製品と肉料理を同じ食事で食べてはならない」という内容に書き換えました。こうすることによって、この戒律を破ることが物理的に不可能になるからです。ちなみに、ユダヤ教信仰に熱心な「キブツ」(イスラエルにある農業などを営む共同体集団のこと)では、肉料理用と乳製品料理用にわざわざ別々の食器洗い機が備えられているところさえあるそうです。
十戒は、神様の御名をみだりに唱えたり濫用したりしてはならない、と明確に禁じています(例えば上掲の「出エジプト記」20章7節)。しかし、律法学者たちがこの戒めの「囲い込み」をした結果、この禁止事項は「神様の御名は決して唱えてはならない」という意味合いをもつように変わっていきました。そもそもまったく唱えることがなければ、みだりに唱えることもできなくなるからです。
イスラエルで飲食や労働などが禁止されて人々が一心に悔い改める日、ユダヤ教で最も聖なる日とみなされている大贖罪の日(ヘブライ語で「ヨム・キプール」)に、年に一度だけ大祭司は至聖所に入り、その際に神様の御名を小声でささやいた、という言い伝えもあります。
時が経つにつれ、唱えることができなくなった「神様の御名」は忘れ去られていきました。
この事態は次の二つの問題を引き起こしました。
第一の問題は、旧約聖書に神様の御名が出てくる箇所で朗読者は何と言うべきか、ということです。
第二の問題は、神様が何らかの行動を起こしたり何かを成し遂げたりしたことをどのように表現すべきか、ということです。
これから第一の問題について考察していきましょう。
英語のアルファベットに転記すると「YHVH」または「YHWH」が聖書本文での「神様の御名」に対応する表現です。これらには、ギリシア語で「四文字」を意味する「テトラグラマトン」という名称があり、「神聖四文字」とも呼ばれています。なお、VとWはヘブライ語では同じアルファベット「ヴァーヴ」になっているため、上掲の二つの表記が存在します。
「YHVH」または「YHWH」が含まれている聖書の箇所が朗読される時に「主」、「名前」、「至高者」、「天」などといった意味を持つヘブライ語の言葉に置き換えられて発音されました。その中でも最も一般的だった呼称は「主」(「アドナイ」)です。
古代ヘブライ語や現代ヘブライ語の文には子音のみが表記されており、母音は明示されていません。しかし、イスラエル民族が他の諸民族と同じ地域で共存するようになるとともにヘブライ語の識字率は低下していきました。それゆえ、紀元前2世紀頃に旧約聖書のギリシア語訳である「七十人訳聖書」がエジプトで作成されたのです。この聖書にはラテン語で「セプトゥアギンタ」あるいは「LXX」(どちらもラテン数字の「70」という意味)という呼称があります。この名称はイスラエルの12の各部族からそれぞれ6名の翻訳者が派遣されて翻訳事業がなされたという伝説に由来しています。翻訳者たちは合計で72人(約70人)いたということです。このギリシア語聖書訳では「YHVH」はギリシア語で「キュリオス」すなわち「主」と訳されています。このことから、当時においても「YHVH」の最も一般的な読みかたが「主」(ヘブライ語だと「アドナイ」)であったことがわかります。
英語訳聖書の中には、神様の御名が「主」を意味する言葉である「LORD」が大文字で表記されているものもあります。それと同様にして、フィンランド語訳聖書には「HERRA」と大文字で表記されているものもあります。
ヘブライ語を読みやすくするために、文字によってではなく文字に付加される「点」や「線」によって母音がヘブライ語の文章に表記されました。例えば「Adonaj」(「主」という意味)という単語の母音は「JHVH/YHWH」という四文字と関連付けて表記されました。その結果、「Jehovah」(日本語だと「エホバ」)という不自然な混合語ができました。残念ながら、この語は多くの英語訳聖書やロシア語訳聖書(ロシア語で「イェゴヴァ」)を含むいくつかの聖書訳にも紛れ込んでいます。この現象を例えばフィンランド語で考えると「koira」(「犬」)という単語の子音と「kissa」(「猫」)という単語の母音を組み合わせるようなものです。その結果として「kira」という意味のないフィンランド語が出来上がります。
神様の御名を表す言葉としてこの「エホバ」が用いられるようになったのは西暦13世紀になってからです。それまでの教会ではラテン語訳聖書、すなわちウルガタ訳聖書のみが使用されていましたが、次第にギリシア語新約聖書とヘブライ語旧約聖書という原語聖書への関心が芽生えてきたのです。
「神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」。また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、『「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。神はまたモーセに言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい『あなたがたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主が、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と。これは永遠にわたしの名、これは世々のわたしの呼び名である。」 (「出エジプト記」3章14〜15節、口語訳)
神様の御名として最もよく知られている言葉は「ヤハウェ」です。これは上掲の「出エジプト記」3章15節に出てきます(14節も参照してください)。「ヤハウェ」は「彼はある」という意味であり、「私はある」または「私は完全である」という言葉(ヘブライ語で「エヘイェ」)に近いものです。上掲の「出エジプト記」3章14節は「「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました」と訳されています。
「イエスはこれらのことを語り終えて、弟子たちと一緒にケデロンの谷の向こうへ行かれた。そこには園があって、イエスは弟子たちと一緒にその中にはいられた。イエスを裏切ったユダは、その所をよく知っていた。イエスと弟子たちとがたびたびそこで集まったことがあるからである。さてユダは、一隊の兵卒と祭司長やパリサイ人たちの送った下役どもを引き連れ、たいまつやあかりや武器を持って、そこへやってきた。しかしイエスは、自分の身に起ろうとすることをことごとく承知しておられ、進み出て彼らに言われた、「だれを捜しているのか」。彼らは「ナザレのイエスを」と答えた。イエスは彼らに言われた、「わたしが、それである」。イエスを裏切ったユダも、彼らと一緒に立っていた。イエスが彼らに「わたしが、それである」と言われたとき、彼らはうしろに引きさがって地に倒れた。」
(「ヨハネによる福音書」18章1〜6節、口語訳)
フィンランド人聖書学者リスト・サンタラは、ヘブライ語あるいはアラム語での「アニ―・フー」、およびギリシア語での「エゴ・エイミ」に対応する「私はある」という言葉がユダヤ教では「神様の御名」を意味するものとして理解されていたという点を特に強調しました。それによれば、この言葉を発した者は誰であれ自らを神様の位置に引き上げたという意味になります。サンタラによれば、イエス様がゲツセマネで逮捕された際に「わたしが、それである」と言われたとき、神様への侮辱ともとれるその言い回しに逮捕者たちは恐れおののき地に倒れたのです(「ヨハネによる福音書」18章1〜6節)。これと関連して「ヨハネによる福音書」8章58節の「イエスは彼らに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」。」というイエス様の御言葉も参照してください。
次に第二の問題についてですが、この問題は「神的な受動態」という文法的な説明によって解決されます。ギリシア語新約聖書では「誰がそれを行ったか」が明記されていない受動態によって「神様がそれを行なわれた」という意味を持つ場合があるのです。
例えば「クリスマス福音書」の冒頭である「ルカによる福音書」2章1節は口語訳では「そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。」と訳されています。しかし、原語の構文に忠実に訳すなら「その頃、次のようなことが起こった…」となります(「起こった」はギリシア語では「ギノマイ」という動詞の受動態アオリスト形「エゲネト」になっています)。このことからわかるように、この勅令を出させたのは、実はローマ皇帝アウグストではなく神様なのです。
イエス様の「わたしは~である」という宣言は、とりわけヨハネが熱心に福音書に保存し記録した表現であり、いずれもイエス様の神様としての権能を表しています。
以下にそれらを列挙してみましょう。
「ヨハネによる福音書」6章35、48節:わたしは命のパンである
「ヨハネによる福音書」6章41、51節:わたしは天から降ってきた(生きた)パンである
「ヨハネによる福音書」8章12節および9章5節:わたしは(この世にいる間は)世の光である
「ヨハネによる福音書」10章7節:わたしは羊の門である
「ヨハネによる福音書」10章9節:わたしは門である
「ヨハネによる福音書」10章11、14節:わたしはよい羊飼である
「ヨハネによる福音書」11章25節:わたしはよみがえりであり、命である
「ヨハネによる福音書」12章46節:わたしは光である(「わたしは光としてこの世にきた。」)
「ヨハネによる福音書」14章6節:わたしは道であり、真理であり、命である
「ヨハネによる福音書」15章1節:わたしはまことのぶどうの木である
また以下の箇所も参照してください。
以下の三箇所は 、ゲネサレト湖の嵐の中、イエス様が湖上を歩いて弟子たちの舟に近づいてこられるのを見て弟子たちが恐れたとき、イエス様が彼らに「わたしだ、恐れることはない」と話しかけられた出来事について記しています。
「マタイによる福音書」14章26〜27節
「マルコによる福音書」6章49〜50節
「ヨハネによる福音書」6章19〜20節
「ルカによる福音書」 24章39節には「わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしなのだ。さわって見なさい。霊には肉や骨はないが、あなたがたが見るとおり、わたしにはあるのだ。」とあります。これは復活したイエス様が復活祭の夜に弟子たちに語りかけられた御言葉です。「まさしくわたしなのだ。」はギリシア語では「エゴー(「私は」)・エイミ(「である」)・アウトス(「自身」)」と表されています。
「ヨハネによる福音書」 4章26節には「イエスは女に言われた、「あなたと話をしているこのわたしが、それである」。」とあります。これは「サマリヤのスカルという町」の井戸でサマリアの女に語りかけられたときのイエス様の御言葉です。
「ヨハネによる福音書」14章10、11、20節で、イエス様は「わたしが父におり、父がわたしにおられる」と言っておられます。
「ヨハネの黙示録」1章8、17節および21章6節で、イエス様は「わたしはアルパでありオメガである。初めであり終りである。」と言っておられます。
この小文では、これらのすべての箇所について深く掘り下げることはできませんが、以下にいくつかの考察を述べていくことにします。
「わたしは命のパンである」(「ヨハネによる福音書」6章35、41、48、51節)。
人は地上のパンだけで生きるのではなく、永遠の命を必要としているということです。
「わたしは世の光である」(「ヨハネによる福音書」8章12節および9章5節および12章46節)。
人間は闇の中にずっといたいとは望みません。しかし神様の光がなければ、残念ながら人は闇の中にとどまることになってしまいます。このことについては次の「ヨハネによる福音書」1章9~13節も参考になります。そこで「彼」とはイエス様のことを指しています。
「すべての人を照すまことの光があって、世にきた。彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。」
(「ヨハネによる福音書」1章9~13節、口語訳)
「わたしは(羊の)門である」(「ヨハネによる福音書」10章7節、9節)、「わたしはよい羊飼である」(「ヨハネによる福音書」10章11節と14節)。
「羊飼い」というイメージは示唆に富んでいます。おそらくそれゆえに、初期の教会ではイエス様がまさに「羊飼」として芸術作品に幾度も描かれることになったのでしょう。
夜になると、羊は中庭か「囲い」の中に集められました(「ヨハネによる福音書」10章1節)。石垣の上には、棘のある茂みでできた、羊を襲いにくる野獣に対してさらなる防壁が設けられていることがしばしばありました。羊のいる場所へ辿りつく唯一の道は門を通過するコースでした。しかし、その門は羊飼いの一人か雇われた番人によって守られていました。多くの場合、複数の羊飼いの羊が同じ囲いに入れられて、朝になると羊飼いたちが自分の羊たちを呼び集めて牧草地へと向かったのです。
羊飼いは羊小屋の扉を閉めてそこで眠ることができました(「ヨハネによる福音書」10章7節)。旧約聖書にも「天の門」についての記述があります。「創世記」28章17節には「そして彼(ヤコブ)は恐れて言った、「これはなんという恐るべき所だろう。これは神の家である。これは天の門だ。」とあります。また「詩篇」78篇23〜24節には「しかし神は上なる大空に命じて天の戸を開き、彼らの上にマナを降らせて食べさせ、天の穀物を彼らに与えられた。」とあります。また「ヨハネの黙示録」3章7〜8節(「だれも閉じることのできない門」)および4章1節(「開いた門が天にあった」)も参考になります。
「狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。」
(「マタイによる福音書」7章13〜14節、口語訳)。
上節のように、イエス様は「広い門」と「広い道」の正反対のものとして「狭い門」と「狭い道」というイメージを用いられました。
「門番は彼のために門を開き、羊は彼の声を聞く。そして彼は自分の羊の名をよんで連れ出す。」
(「ヨハネによる福音書」10章3節、口語訳)
上の節に注目してください。羊はそれぞれ名前で呼びかけられていたことがわかります。それと同じように、キリスト信仰者である私たちも、神様の御国へと名前で呼びかけられているのです。このことから、キリスト信仰者である私たちは自分が名前を呼ばれて授けられた「洗礼」を想起することができるでしょう。イエス様は私たちを「顔のない群れ」としてではなく、かけがいのないひとりの個人として日々扱ってくださっているのです。最初期の教会では、成人として洗礼を受けた人の受洗以前の名前が例えばギリシアの偶像神や偶像女神と同名である場合がありました。そして彼らにはこれらの名前を通して異教との結びつきが残っている可能性がありました。それゆえ、彼らはキリスト教徒としての新しい名前を授けられることがしばしばあったのです。
「自分の羊をみな出してしまうと、彼は羊の先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、彼について行くのである。」
(「ヨハネによる福音書」10章4節、口語訳)
中近東では、羊飼いは群れの先頭に立って進みます(4節)。羊飼いの重要な仕事の一つは、群れのために食料を見つけることです。「先導者」という言葉には「先頭に立つ」という意味合いもあることを覚えておきましょう。それが先導者や指導者の役割なのです。同じように、イエス様も弟子たちの先頭に立って進んで行かれました(「マタイによる福音書」12章15節も参考になります)。
「ほかの人には、ついて行かないで逃げ去る。その人の声を知らないからである。」
(「ヨハネによる福音書」10章5節、口語訳)
「羊のように耳を傾ける」というフィンランド語の表現があります。これは上節のような状況を指しています。それと同じように、イエス様の弟子たちも他の者たちからの呼びかけには耳を傾けようとはしません。
「わたしよりも前にきた人は、みな盗人であり、強盗である。羊は彼らに聞き従わなかった。」
(「ヨハネによる福音書」10章8節、口語訳)
上節は、もちろんモーセや預言者たちのことを指しているのではありません。彼らは「自分こそが旧約聖書で神様がその到来を約束されたメシアである」とは主張せず、むしろ「来たるべき救い主」について預言しました。上の箇所でイエス様はおそらく当時の宗教的な指導者たちのことを意味しておられるのでしょう(「ヨハネによる福音書」9章35〜41節(あるファリサイ派の人たち)および11章49〜50節(大祭司カヤパ)も参照してください)。ここで、当時のユダヤ人社会には「ほかならぬ自分こそが約束されたメシアである」と主張する人々が何人も現れたことを覚えておいてください。この現象については「使徒言行録」5章36〜37節に「先ごろ、チゥダが起って、自分を何か偉い者のように言いふらしたため、彼に従った男の数が、四百人ほどもあったが、結局、彼は殺されてしまい、従った者もみな四散して、全く跡方もなくなっている。そののち、人口調査の時に、ガリラヤ人ユダが民衆を率いて反乱を起したが、この人も滅び、従った者もみな散らされてしまった。」という、ユダヤ国民全体に尊敬されていたファリサイ派の律法学者ガマリエルによる証言があります。
「わたしは門である。わたしをとおってはいる者は救われ、また出入りし、牧草にありつくであろう。」
(「ヨハネによる福音書」10章9節、口語訳)
イエス様を通してのみ、人は神様の御国に入ることができます(9節)。また「ヨハネによる福音書」14章6節にも「イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」。」とあります。
「出入りし」(9節)という「移動できる自由さ」は「たとえ神様の御国を時おり離れても、いつでもそこに再び戻ることはできる」という意味ではなく、「救いの確実さ」を表しています。
「盗人が来るのは、盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしがきたのは、羊に命を得させ、豊かに得させるためである。」
(「ヨハネによる福音書」10章10節、口語訳)
10節の「滅ぼす」という言葉には「失う」という意味合いもあります。サタンの究極の目的と野望は人々を迷わせて地獄に落とすことです。
神様を「羊飼い」として描写するイメージはよく知られています。例えば「詩篇」23篇1節には「主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。」とあります。旧約聖書の偉大な人物であるモーセ(「出エジプト記」3章1節)とダビデ(「サムエル記上」17章34〜37節、「詩篇」78篇70〜72節(「神はそのしもべダビデを選んで、羊のおりから取り、乳を与える雌羊の番をするところからつれて来て、その民ヤコブ、その嗣業イスラエルの牧者とされた。こうして彼は直き心をもって彼らを牧し、巧みな手をもって彼らを導いた。」))もまた羊飼いであり、神様が彼らを召命なさった時にも彼らは羊飼いとして働いていました。また「エゼキエル書」37章24節はメシアが民の羊飼いとなることを預言しています(「わがしもべダビデは彼らの王となる。彼らすべての者のために、ひとりの牧者が立つ。彼らはわがおきてに歩み、わが定めを守って行う。」)。
「牧師」という言葉は「羊飼い」を意味するラテン語(pastor)に由来しています。霊的・信仰的な指導者は自分の群れのために「食物」を見つけ、群れをさまざまな危険から守らなければなりません。
「モーセは主に言った、
「すべての肉なるものの命の神、主よ、どうぞ、この会衆の上にひとりの人を立て、彼らの前に出入りし、彼らを導き出し、彼らを導き入れる者とし、主の会衆を牧者のない羊のようにしないでください」。」
(「民数記」27章15〜17節、口語訳)
上の「民数記」27章の箇所で、モーセの後継者としてヨシュアが神様の御民の指導者に任命されます。
「わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。羊飼ではなく、羊が自分のものでもない雇人は、おおかみが来るのを見ると、羊をすてて逃げ去る。そして、おおかみは羊を奪い、また追い散らす。彼は雇人であって、羊のことを心にかけていないからである。わたしはよい羊飼であって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを知っている。それはちょうど、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。そして、わたしは羊のために命を捨てるのである。わたしにはまた、この囲いにいない他の羊がある。わたしは彼らをも導かねばならない。彼らも、わたしの声に聞き従うであろう。そして、ついに一つの群れ、ひとりの羊飼となるであろう。父は、わたしが自分の命を捨てるから、わたしを愛して下さるのである。命を捨てるのは、それを再び得るためである。だれかが、わたしからそれを取り去るのではない。わたしが、自分からそれを捨てるのである。わたしには、それを捨てる力があり、またそれを受ける力もある。これはわたしの父から授かった定めである。」
(「ヨハネによる福音書」10章11〜18節、口語訳)
上掲の箇所の11節、15節、17~18節で、イエス様は御自身の来るべき贖罪の死に言及しておられます。羊飼いは野獣たちと戦わなければならない場合に、自分自身も生き残れるように奮闘しました。それに対して、サタンとのイエス様の戦いはイエス様御自身の死を意味するものでした。しかし、イエス様の復活はイエス様の死が実は勝利であったことを証しています。それによってサタンの力が究極的に打ち砕かれたからです(18節)。
上の11節には「よい羊飼は、羊のために命を捨てる。」とあります。例えば、次の日本福音ルーテル教会の聖餐式の式文でも同様の強調がなされていることに注目してください。
「私たちの主イエス・キリストは渡される夜、パンを取り、感謝し、これを裂き、弟子たちに与えて言われました。「取って食べなさい。これはあなたがたのために与えるわたしのからだである。わたしの記念のため、これを行いなさい」。食事ののち、杯をも同じようにして言われました。「取って飲みなさい。これは罪の赦しのため、あなたがたと多くの人々のために流す、わたしの血による新しい契約である。わたしの記念のため、これを行いなさい」。」
旧約聖書、特に「エゼキエル書」34章は不適格な牧者たちを厳しく非難しています。
「主の言葉がわたしに臨んだ、「人の子よ、イスラエルの牧者たちに向かって預言せよ。預言して彼ら牧者に言え、主なる神はこう言われる、わざわいなるかな、自分自身を養うイスラエルの牧者。牧者は群れを養うべき者ではないか。ところが、あなたがたは脂肪を食べ、毛織物をまとい、肥えたものをほふるが、群れを養わない。あなたがたは弱った者を強くせず、病んでいる者をいやさず、傷ついた者をつつまず、迷い出た者を引き返らせず、うせた者を尋ねず、彼らを手荒く、きびしく治めている。彼らは牧者がないために散り、野のもろもろの獣のえじきになる。わが羊は散らされている。彼らはもろもろの山と、もろもろの高き丘にさまよい、わが羊は地の全面に散らされているが、これを捜す者もなく、尋ねる者もない」。」
(「エゼキエル書」34章1〜6節、口語訳)
これに関連して「エレミヤ書」23章1〜8節および50章6節(「わたしの民は迷える羊の群れである、その牧者がこれをいざなって、山に踏み迷わせたので、山から丘へと行きめぐり、その休む所を忘れた。」)も参考になります。
偽の牧者たちは群れの利益ではなく彼ら自身の私益を目的として活動していました(「ヨハネによる福音書」10章11〜13節)。「群れの指導者は誰の益のために奉仕しているのか?」という問いは今日においても重要です。
パウロはエフェソの教会の長老たちへの別れの説教の中で、彼らの間から貪欲な「おおかみ」が出現し(「ヨハネによる福音書」10章12節)、教会を滅ぼそうとして荒らすだろうと予言しました。
「どうか、あなたがた自身に気をつけ、また、すべての群れに気をくばっていただきたい。聖霊は、神が御子の血であがない取られた神の教会を牧させるために、あなたがたをその群れの監督者にお立てになったのである。わたしが去った後、狂暴なおおかみが、あなたがたの中にはいり込んできて、容赦なく群れを荒すようになることを、わたしは知っている。また、あなたがた自身の中からも、いろいろ曲ったことを言って、弟子たちを自分の方に、ひっぱり込もうとする者らが起るであろう。だから、目をさましていなさい。そして、わたしが三年の間、夜も昼も涙をもって、あなたがたひとりびとりを絶えずさとしてきたことを、忘れないでほしい。」
(「使徒言行録」20章28〜31節、口語訳)。
この箇所が伝えているように、最も困難なケースはこのような危険がキリスト信仰者たちの群れの内側から湧き起こってくるものです。
「ヨハネによる福音書」11章25節:「わたしはよみがえりであり、命である。」
イエス様のこの御言葉は、ラザロが墓の中で死んでいる時に語られたものです。
イエス様は「二つの死」と「二つの命」について語っておられます。この世の命はいずれ終わりを迎えます。しかし、それには必ず「第二の死」(「ヨハネの黙示録」21章8節)が続くわけではありません。「永遠の命」へと続く場合もあるのです。25節の末尾には「わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。」とあります。「まことの神様」でも「まことの人間」でもあるイエス様との結びつきにおいてのみ「命」は本当の意味での「まことの命」となります。それに対して、人が神様から離れることは二重の意味での「死」(この世での死と永遠の死)を意味します。
「ヨハネによる福音書」14章6節:「わたしは道であり、真理であり、命である。」
現代の価値相対主義は、絶対的な条件を突きつけるイエス様の次の教えとは相容れることがありません。天国への道はただ一つであり、他の道は天国へは通じていない、とイエス様は明言しておられます(6節)。「ヘブライの信徒への手紙」10章20節にも「彼の肉体なる幕をとおり、わたしたちのために開いて下さった新しい生きた道をとおって、はいって行くことができるのであり、」とあります。もし間違った道を歩むなら、そこには真理も「永遠の命」もありません。「使徒言行録」の次の箇所にも、天国への道がただ一つであることが明確に記されています。
「このイエスこそは『あなたがた家造りらに捨てられたが、隅のかしら石となった石』なのである。この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである。」 (「使徒言行録」4章11〜12節、口語訳)。
「道」と「目的地」は互いに切り離すことができません。最初期のキリスト教でも「この道」(ギリシア語では定冠詞付きで「へー・ホドス」)と呼ばれています(「使徒言行録」9章2節および19章9、23節)。「この道」という表現には「ほかならぬこのただ一つの道」という意味合いがあります。
注目すべきは、その直前(「ヨハネによる福音書」14章3節)の箇所で、イエス様が天国に私たちのための場所を用意するために行くと述べておられることです(「そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。」)。天国での場所が足りないせいで天国に入れなくなるような人はいません。すべての人のために場所それ自体は用意されているのです。
「ヨハネによる福音書」15章1節および5節:「わたしは(まことの)ぶどうの木」
聖書に詳しい教会学校の教師が子どもたちにその日曜日の聖句を説明した時のことです。「あなたたちはこの聖句を理解できましたか?」と尋ねたところ、ある子どもは「先生が説明するまでは理解していました!」と答えたそうです。
このケースと同じように、特に「ヨハネによる福音書」には、説明を加えすぎるとかえって理解しにくくなってしまうような箇所がたくさんあります。「ぶどうの木」の譬は私たちの心を動かす美しさを湛えています。しかし、その箇所のいくつかの細部にこだわりすぎると、出来事の記述のもつ生き生きとした魅力が失われてしまい、その譬が伝えようとしている本来のメッセージが伝わりにくくなります。ですから、例えば「枝は幹からどのように分離しうるのか」といった「難問」に頭を悩ませたりせずに、むしろ、この箇所の記述は比喩的な表現なのでその細部を余すところなく説明することはできないことを理解すべきなのです。
旧約聖書において、イスラエルはしばしば神様の「ぶどうの木」あるいはぶどう園と呼ばれていました(例えば「詩篇」80篇9〜16節(「ぶどうの木」)、「イザヤ書」5章1〜7節(「ぶどう畑」)、「エレミヤ書」2章21節(「わたしはあなたを、まったく良い種のすぐれたぶどうの木として植えたのに、どうしてあなたは変って、悪い野ぶどうの木となったのか。」)、「エゼキエル書」19章10節(「水のほとりに移し植えられたぶどう畑のぶどうの木」)。
また、パウロは「ローマの信徒への手紙」11章17〜24節で「オリブ」(の木)について述べています。
しかし、これらの箇所の多くには、神様が本来意図された「ぶどうの木」にイスラエルが実際にはなれていないことに対する神様からの叱責が含まれています。このことを理解するのは大切です。このようなイスラエルとは対照的に、イエス様は「まことのぶどうの木」すなわち「傷のないぶどうの木」なのです。さらにイエス様は「ぶどうの木」に関連する旧約聖書の諸預言も成就してくださいました。
ちなみに、かつてのエルサレム神殿の門の上には金のぶどうの木が描かれていました。また、エルサレムの反乱の時期(西暦68〜70年)に鋳造された硬貨にも金のぶどうの木が刻印されていました。
日本語で考えれば、内容的にみて「ぶどうの木」よりも「ぶどうのつる」という言葉のほうがより実態に則していたと思われます。しかし、後者の訳語ではぶどうの木の「か細さ」ばかりが強調されてしまうのではないか、という危惧があったのかもしれません。後者の表現からは、弱くて傷つきやすく生きるために他からの支えを必要とする植物が連想されやすいからです。
「わたしにつながっている枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞき、実を結ぶものは、もっと豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである。」
(「ヨハネによる福音書」15章2節、口語訳)
ぶどうの木の枯れた枝は冬に取り除かれます。これは、イエス・キリストを救い主と信じるキリスト教信仰を捨てて背教した者たちを表しています。彼らについては例えば「ヨハネによる福音書」6章60〜66節および8章31〜59節を参照してください。
春には余分な芽が切り落とされ、ぶどうの木はありうるかぎり最良の収穫を実らせることになります(上掲の2節)。ぶどうの木は、葉が大きいからとか、何か他の理由から維持されているのではなく、実を結ぶようになるために世話を受けているのです。それと同様に、キリスト信仰者の目的も「実を結ぶこと」であることを私たちはしっかりと覚えておくべきです。
ただし、ここで私たちは次の3つのことも知っておく必要があります。
第一に、実を結ぶことは枝そのものからではなく幹と根からの力に依存しているということです。イエス様は次のように言っておられます。
「わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。」
(「ヨハネによる福音書」15章4〜5節、口語訳)。
第二に、キリスト信仰者として私たちは一人ひとりが互いに異なる実を結ぶということです。神様はキリスト信仰者一人ひとりに特定の使命を与えておられるからです。使徒パウロは次のように書いています。
「わたしは、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりびとりに言う。思うべき限度を越えて思いあがることなく、むしろ、神が各自に分け与えられた信仰の量りにしたがって、慎み深く思うべきである。なぜなら、一つのからだにたくさんの肢体があるが、それらの肢体がみな同じ働きをしてはいないように、わたしたちも数は多いが、キリストにあって一つのからだであり、また各自は互に肢体だからである。このように、わたしたちは与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っているので、もし、それが預言であれば、信仰の程度に応じて預言をし、奉仕であれば奉仕をし、また教える者であれば教え、勧めをする者であれば勧め、寄附する者は惜しみなく寄附し、指導する者は熱心に指導し、慈善をする者は快く慈善をすべきである。」
(「ローマの信徒への手紙」12章3〜8節、口語訳)。
第三に、私たちは結ばれた実を実際に自分の目では見ることができない場合がしばしばあり、ずいぶん後になってから、あるいは私たちのこの世の命が終わった後になって初めて「実が見えるようになる」場合も起こりうるということです。
このことは、私たちがキリスト信仰者としても日々成長を続けていることを思い起こさせます。ちょうど弟子たちの足を洗われたように、イエス・キリストは幾度も私たちを清めて余分な枝を刈り取る作業を行なってくださらなければならないのです。
「こうして、シモン・ペテロの番になった。すると彼はイエスに、「主よ、あなたがわたしの足をお洗いになるのですか」と言った。イエスは彼に答えて言われた、「わたしのしていることは今あなたにはわからないが、あとでわかるようになるだろう」。ペテロはイエスに言った、「わたしの足を決して洗わないで下さい」。イエスは彼に答えられた、「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる」。シモン・ペテロはイエスに言った、「主よ、では、足だけではなく、どうぞ、手も頭も」。イエスは彼に言われた、「すでにからだを洗った者は、足のほかは洗う必要がない。全身がきれいなのだから。あなたがたはきれいなのだ。しかし、みんながそうなのではない」。」
(「ヨハネによる福音書」13章6〜10節、口語訳)。
イエス様が幾度も私たちを清めて余分な枝を刈り取られる作業は、生まれながらに罪深い私たち人間にとって好ましくも望ましくもないことでしょう。それでも、これは私たちがキリスト信仰者として生きていくために必要不可欠なことなのです。「ヘブライの信徒への手紙」も次のように教えています。
「すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。」
(「ヘブライの信徒への手紙」12章11節、口語訳)
なお、私たちは自分の力を様々な方向に分散しすぎると、実を結ぶどころか、かえってすべての力を失ってしまい、結局は実をまったく結ばなくなってしまいます。
イエス様が御自身のことをぶどうの木の幹とは言わず、ぶどうの木それ自体であると言っておられることに注目しましょう。古いぶどうの木には幹のような小さな部分がありますが、実際のぶどうの木はむしろ「枝の集まり」です。キリスト教会は、すべてのキリスト信仰者と同じように、この世においてキリストを代表しているのです。
「ヨハネによる福音書」19章19節:「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」
上の言葉はイエス様御自身によるものではなく、ローマの地方総督ポンテオ・ピラトのものであり、実質的にはユダヤ教の指導者たちによってなされたイエス様についての「定義付け」でもありました。
イエス様の死刑宣告の理由は、上の19節にあるとおり、ラテン語でいえば「Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum」(「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」)という言葉によって具体的に表現されています。この略称は上のラテン語の各単語の頭文字を一つずつとった「INRI」です。十字架に磔にされたイエス様の像に「INRI」と記された札が付けられていることも多いです。「ヨハネによる福音書」19章20節によると、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」というの表現は当時ユダヤで使用されていた3つの言語(「ヘブル、ローマ、ギリシヤの国語」)で書き記されていました。このことは、イエス様による十字架上での死が実は(全人類の身代わりに)成し遂げられた贖罪の死であったという福音のメッセージが、すべての民族、すべての人々に向けられたものであることを明示しています。ヘブライ語(口語訳では「ヘブル語」)は当時のユダヤの人々の言語でしたが、実生活ではヘブライ語に近いアラム語が日常生活で使用されていました。この聖書の箇所でも「ヘブル語」とはアラム語のことです。ギリシア語は当時の東地中海地域における国際共通語でした。また、ラテン語はローマ帝国の公用語(行政で用いられる言語)でした。このように当時3つの言語が並行して用いられていたことは、イエス様の磔刑の「罪状」が福音書ごとにわずかに異なる表現で記されていることへの説明を与えます。元の「罪状文」でも言語に応じて互いに多少異なる言葉遣いで書かれていたと推測されるということです。
十字架刑に処される者の前方に盾を担ぐ者が歩いていくのが通例のやりかたでした。これはイエス様の時にも同様であったようです。最終的にその盾はイエス様の十字架に釘付けられることになりました。
十字架刑には、ユダヤの実質的な支配者であるローマ帝国に反逆を企てる他の者たちへの見せしめという意味合いもありました。それゆえ、十字架刑はできるだけ大勢の人が目撃するような場所、例えば人通りの多い道路沿いなど(20節)で執行されたのです。
ピラトのユダヤ人たちに対する応答には侮蔑が含まれていました。またそれは、その状況において権力を行使できるのが誰であるかをこれみよがしに誇示するものでもありました(22節(「ピラトは答えた、「わたしが書いたことは、書いたままにしておけ。」))。過越祭の時に世界各地からエルサレムに巡礼にきていたユダヤ人たちが、十字架につけられた「自分たちの王」を目撃することを、当然ながらユダヤ人の指導者たちは好ましく思いませんでした。ピラトの書かせた罪状書きには、彼らに対する苛立ちと復讐心がよく表れています。あたかもピラトは「私に罪のない人を十字架につけるよう強要したのはお前たちだ。だから、お前たちの告発文をユダヤ民衆にも知らしめてやる!」とでも言いたいかのようです。次の箇所からわかるとおり、以前、大祭司カヤパは自覚のないまま「預言者」の役割をあてがわれてそれを実行したことがあります。
「彼らのうちのひとりで、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに言った、「あなたがたは、何もわかっていないし、ひとりの人が人民に代って死んで、全国民が滅びないようになるのがわたしたちにとって得だということを、考えてもいない」。このことは彼が自分から言ったのではない。彼はこの年の大祭司であったので、預言をして、イエスが国民のために、ただ国民のためだけではなく、また散在している神の子らを一つに集めるために、死ぬことになっていると、言ったのである。」
(「ヨハネによる福音書」11章49〜52節、口語訳)
しかし今度は、ローマの地方総督ピラトがわれ知らず神様の真理(「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」)を公に喧伝していたことになります。
「ヨハネの黙示録」:「わたしはアルパであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終りである。」(「ヨハネの黙示録」1章8、17節および21章6節および22章13節)
アルファ(口語訳では「アルパ」)とオメガ(「ヨハネの黙示録」22章13節)について少し説明します。
ギリシア語では、アルファベットの最初と最後の文字はアルファとオメガです。ギリシア語のアルファは英語のAに、オメガは英語のOに対応するため、英語のアルファベットに直訳すると「A」と「O」になります。ヘブライ語では、最初の文字はアレフ(英語のAに最も近い文字)、最後の文字はタウ(英語のTに最も近い文字)です。「アレフとタウ」という表現は、物事の全体、すなわち初めから終わりまでの全てを意味するものでした。ユダヤ教信仰に熱心なユダヤ人たちは「タウの民」と呼ばれました。彼らは律法の最初から最後まで、アレフからタウまでの全てを守っていると考えられていたからです。次の箇所に登場する「ある役人」はそのような人だったようです。
「また、ある役人がイエスに尋ねた、「よき師よ、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。イエスは言われた、「なぜわたしをよき者と言うのか。神ひとりのほかによい者はいない。いましめはあなたの知っているとおりである、『姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証を立てるな、父と母とを敬え』」。すると彼は言った、「それらのことはみな、小さい時から守っております」。」 (「ルカによる福音書」18章18〜21節、口語訳)
旧約聖書では、神様は最初であり最後であるとされています。例えば「イザヤ書」41章4節には「だれがこの事を行ったか、なしたか。だれが初めから世々の人々を呼び出したか。主なるわたしは初めであって、また終りと共にあり、わたしがそれだ。」とあり、「イザヤ書」44章6節には「主、イスラエルの王、イスラエルをあがなう者、万軍の主はこう言われる、「わたしは初めであり、わたしは終りである。わたしのほかに神はない」。」とあります。また「イザヤ書」48章12節にも「ヤコブよ、わたしの召したイスラエルよ、わたしに聞け。わたしはそれだ、わたしは初めであり、わたしはまた終りである。」とあります。
イエス様についても同じことが言えます。イエス様は創造されたすべてのもの(全被造物)よりも「前」から存在する「最初の者」でもあり(「ヨハネによる福音書」1章1〜2節および8章58節)、全被造物より「後」にも存在し続ける「最後の者」でもあります。
「「あなたがたの父アブラハムは、わたしのこの日を見ようとして楽しんでいた。そしてそれを見て喜んだ」。そこでユダヤ人たちはイエスに言った、「あなたはまだ五十にもならないのに、アブラハムを見たのか」。イエスは彼らに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」。」
(「ヨハネによる福音書」8章56〜58節、口語訳)
「ヨハネの黙示録」は上述の「神様の称号」を以下のように他の4箇所でも用いています。
「ヨハネの黙示録」1章17〜19節:「わたしは初めであり、終りであり、また、生きている者である。わたしは死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。そして、死と黄泉とのかぎを持っている。」と言っておられるのはイエス様です。
「ヨハネの黙示録」2章8節:「初めであり、終りである者、死んだことはあるが生き返った者」とイエス様を指しています。
「ヨハネの黙示録」21章6節:「わたしは、アルパでありオメガである。初めであり終りである。」と「御座にいますかた」すなわち神様が御自分を指して言っておられます。
「ヨハネの黙示録」22章13節:「わたしはアルパであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終りである。」と「預言者たちのたましいの神なる主」すなわち神様(「ヨハネの黙示録」22章6節)が御自分を指して言っておられます。
(おわり)