テサロニケの信徒への第一の手紙2章

フィンランド語原版執筆者: 
ヤリ・ランキネン(フィンランドルーテル福音協会、牧師)
日本語版翻訳および編集責任者: 
高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)

2章1〜12節 使徒の活動

パウロの生きていた時代には、もちろんパウロの他にも多様で新奇な教えを喧伝する偽教師たちが都市や村を巡回していました。しばしば彼らは、天からのメッセージを聴衆に告るために神や神々から遣わされた者であると自称していました。しかし、彼ら偽教師たちの生活態度が彼らの真の動機を明かしました。その多くの場合、彼らの意図は神からのメッセージを伝えることではありませんでした。手段を選ぶことなく、彼らはたやすく信じ込んでしまいがちな聴衆から金銭をむしりとっていたのです。彼ら偽教師たちは尊敬されることを周りから要求し、他の人々の犠牲の上に生活していました。純真な人々からの経済的な支援を得て、自らは快適な生活を送るペテン師たちでした。ですから、パウロもまた宗教を悪用するそのようなペテン師であるというレッテルを貼られそうになったのでしょう。

キリスト教に反対するテサロニケの住民たちは、パウロもまたその他大勢のペテン師の一人にすぎない、と非難したにちがいありません。この非難は使徒パウロ自身の耳にも届きました。このことを心に留めた上で、パウロはテサロニケでの自らの活動のことを振り返ります。テサロニケにおけるパウロの活動は無駄ではありませんでした。テサロニケ教会が存続していること自体がその証拠です。ある特定の場所にキリスト教会が誕生する背景には、神様の御国のためにそれまでその地でなされてきた尊い伝道の働きがあります。

パウロはフィリピからテサロニケへと到着しました。フィリピで彼はひどい扱いを受けていました(「使徒言行録」16章)。しかし、そうした苦難にもかかわらず、パウロは宣教旅行を中断しませんでした。神様が彼に宣教活動を続ける勇気を与えてくださったからです。人間が設けた障害物は福音の勝利の行進を押しとどめることができなかったのです。2節の「激しい苦闘のうちに神の福音をあなたがたに語ったのである」(口語訳)という表現は、激しい迫害の只中にテサロニケ教会が誕生したことを物語っています。

3節の「いったい、わたしたちの宣教は、迷いや汚れた心から出たものでもなく、だましごとでもない」(口語訳)という表現によって、パウロはテサロニケで彼についてなされた誹謗中傷に対する弁明を始めます。パウロの宣教内容は虚偽ではなく、彼の目的は人々を騙すことではありません。パウロは不正な仕方で聴衆から私益を得ようとしているのでもありません。パウロ自身を襲った迫害自体がそのことを証しています。もしも彼のメッセージが虚偽のものであったとしたなら、彼はその虚偽のために苦しみを甘受するような気にはならなかったことでしょう。活ける神様がパウロのことを使徒として召し出して、福音を宣べ伝える使命を与えてくださったことを、パウロは確信しています。たとえ人々が福音を好ましく思わないとしても、十字架について説教を続けるのをやめるべきではありません。神様が彼にこの使命を賜ったからです。パウロが意図しているのは、人々に気に入られることではなく、この使命を与えてくださった方の好意を得ることだけです。私益のみを追求するペテン師たちはこのような考え方を決してしないでしょう。

5節でパウロが「わたしたちは、あなたがたが知っているように、決してへつらいの言葉を用いたこともなく、口実を設けて、むさぼったこともない。それは、神があかしして下さる」(口語訳)と言っているとおりです。パウロは人々の歓心を買おうとしたのでも、聴衆の財布から私腹を肥やそうとしたのでもありません。このことは、パウロが他のペテン師と同様の人物であったとする言いがかりを無効にします。これらすべてのことを証してくださるのは神様です。神様には何も隠しごとができないし、パウロの心のことも神様はご存知だからです。パウロは誰からも尊敬を要求しませんでした。全能の神様の使徒として彼にはそうする権利があったにもかかわらず、です。パウロは教会の威圧的な指導者になりたくはありませんでした。次のようにイエス様が使徒たちに教えてくださった役割に彼は満足したのです。

「十人の者はこれを聞いて、このふたりの兄弟たちのことで憤慨した。そこで、イエスは彼らを呼び寄せて言われた、「あなたがたの知っているとおり、異邦人の支配者たちはその民を治め、また偉い人たちは、その民の上に権力をふるっている。あなたがたの間ではそうであってはならない。かえって、あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となり、あなたがたの間でかしらになりたいと思う者は、僕とならねばならない。それは、人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためであるのと、ちょうど同じである」。」
(「マタイによる福音書」20章24〜28節、口語訳)。

パウロは人々からの賞賛を期待しない態度を維持しています。ここからも彼が人を騙すような人間ではなかったことがわかります。周囲から尊敬を集めるような大使徒として人前にさっそうと登場しようなどということは、パウロには思いもよらないことでした。使徒としてそのようにふるまうことは、彼には十分可能であったにもかかわらず、です。パウロは自分については何か他のイメージのほうがより適切であると思っていたのです。それは、自分の子どもたちひとりひとりを限りなく愛している母親的な存在というイメージです。使徒パウロのテサロニケ教会に対する愛については次の8節によく示されています。

「このように、あなたがたを慕わしく思っていたので、ただ神の福音ばかりではなく、自分のいのちまでもあなたがたに与えたいと願ったほどに、あなたがたを愛したのである。」
(「テサロニケの信徒への第一の手紙」2章8節)

パウロはテサロニケ教会のために自らのいのちを与えたいと願うほどまでこの教会を愛していたのです。これはパウロとテサロニケ教会との間の親密な関係を表現しています。使徒はその心をまるごと教会にさしだしたのです。自らの手で働いて生活していたことは、パウロの誇りでした。このことをパウロは多くの手紙で強調しています(たとえば、「コリントの信徒への第一の手紙」9章)。彼は教会に経済的に依存するのをよしとせず、自らの手で働いて食べ物を得たのです。「使徒言行録」18章3節によれば、パウロの職業は天幕造りでした。おそらく彼はこの職業をテサロニケでも続けていたと思われます。彼は昼間は働いて生活費を稼ぎ、夜には都市の住民たちに十字架につけられたイエス様について宣べ伝えました。

テサロニケで活動していた時に、パウロは教会全体とその会員ひとりひとりに対して真心のこもった態度で面倒を見ました。父親が子どもに対するようにして、パウロは使徒としてテサロニケ教会を育てました。とりわけパウロは教会員たちがキリスト信仰者にふさわしい生き方をするようにと教えました。神様が私たちのことを御自分の子どもとしてくださったのですから、私たちもこのいただいた地位にふさわしい生き方をするべきだからです。

2章13節 聴衆の反応

パウロの教えを聴いた人々のうちの多くの者は、パウロのことを神様から遣わされた使徒であると認識しました。パウロは彼自身の言葉ではなく神様の御言葉を宣べ伝えている、と彼らは信じました。神様御自身が、使徒の宣べ伝えたメッセージを通して、彼らにこの確信を与えてくださったのです。パウロがテサロニケに神様の御言葉をもたらした、というパウロのメッセージは、あるいは人々の心を傷つけてしまうような面もあるかもしれません。「自分は神様の御言葉を話している」などと主張できる人間がいったい存在するものか、という疑念が生まれるのも不思議ではありません。しかしそうであっても、パウロに対してキリスト信仰者が取るべき正しい態度は、まさにテサロニケの信徒たちがパウロに対して取った態度であるといえます。

「しかし、主は仰せになった、「さあ、行きなさい。あの人(パウロのこと)は、異邦人たち、王たち、またイスラエルの子らにも、わたしの名を伝える器として、わたしが選んだ者である。」
(「使徒言行録」9章15節、口語訳)

この聖句にあるように、パウロは神様によって選ばれた「伝道の器」です。この器を通して神様は人々に話しかけられたのです。ですから、パウロが書き記し新約聖書に収められた手紙の一群は、パウロ自身の霊的な創作物ではありませんでした。使徒としての言葉の中に、私たちは神様の御声を聴き取ります。それゆえに、パウロの手紙に記されている言葉と神様の御言葉との間に、それらが同一のものである、という印をつけることができるのです。

2章14〜16節 キリスト信仰者の苦境

キリスト教会の日常の中には、それこそ常に苦境に立たされる面が含まれています。様々な時代に様々な地域で 様々なかたちの迫害が神様の民に対して起こりました。マルティン・ルターが「教会の七つの目印」のひとつとしてあげた「聖なる十字架」は常になんらかのかたちでキリスト教会の日常の中に存在しています。テサロニケにおいてパウロは迫害を受けました。おそらく迫害はその後も続き、今度その標的にされたのはテサロニケにある教会であったと思われます。現在のパレスチナに該当する地域に住んでいたキリスト信仰者たちもまた、苦境に立たされました。パレスチナにあった教会と同様に、マケドニアの教会も同じ状況でした。このことは教会同士の結束を強めました。地方の諸教会は「同じ道」をたどっていたからです。それらは共通の信仰を告白し、この信仰のゆえに同じ犠牲を強いられていました。共通の苦難は「使徒信条」に言う「聖徒の交わり」の一部をなすものです。

とりわけパウロは、キリストを無視するユダヤ人たちのことを「キリスト信仰者の反対者」としてあげています。彼らは彼らで自分らの父祖たちと「同じ道」をたどっています。彼らの父祖たちは旧約の預言者たちを殺しました。今度はその子孫であるユダヤ人たちが、キリストを殺してキリスト信仰者たちを迫害することを自らの責務であると感じていたのです。パウロは他の誰よりもこのことを実際に体験することになりました。テサロニケで彼の身に起こったことは、パウロと彼の宣べ伝える福音とに対する大多数のユダヤ人の態度を物語っています。使徒パウロはこれらユダヤ人たちを全人類(すなわち、ユダヤ人も非ユダヤ人もふくめた)の敵であるとさえみなしています。彼らは人々がイエス様とその十字架についての福音を聴くことを邪魔立てし、人々に信仰が生まれるのを妨げようとしたからです。しかし、まさにこの信仰によってこそ、人間は来たるべき神様の「怒りの日」に救いを自らのものとしていただけるようになるのです。神様の怒りは、今もなおキリスト教会の反対者たちの上にふりかかったままです。「終わりの日」になると、この怒りは彼らの上に注がれて、彼らは神様から分相応の罰を受けることになります。

たしかに「教会の敵」としてユダヤ人のことを語りはするものの、パウロは、キリスト信仰者たちが自分たちのことを憎んでいるユダヤ人たちのことを憎むべきである、と教えているのではまったくありません。このことに関して「ローマの信徒への手紙」9〜11章におけるパウロの教えは明瞭です。ユダヤ人のことは、怒りの対象とみなすのではなく、「神様によって選ばれた民」とみなさなければなりません。私たちキリスト信仰者は、彼らユダヤ人がキリストを救い主として信じるようになるために、祈りながら待ち続けるべきなのです。キリスト教会の敵に対して罰を下すのは、私たちのやるべきことではなく、おひとり神様の御業に属することがらであるからです。

2章17〜20節 使徒の望むこと

テサロニケ教会はパウロにとってとても大切な存在でした。それは彼自身が設立に関わった教会であったということも関係しているでしょう。しかし、使徒は今この教会から距離的に引き離されています。

「兄弟たちよ。わたしたちは、しばらくの間、あなたがたから引き離されていたので――心においてではなく、からだだけではあるが――なおさら、あなたがたの顔を見たいと切にこいねがった。」
(「テサロニケの信徒への第一の手紙」2章17節)

ここでパウロは「子どもを失う」という意味もあるギリシア語の動詞を使用しています。あたかも彼は愛する我が子と離れ離れになってしまった父親であるかのようです。実際には別々に暮らしていても、パウロはテサロニケ教会のことを心では常に覚えていました。これは「聖徒の交わり」が具体的にどのようなものかを示す好例です。パウロは自分にとって近しいこの教会を慕わしく思っており、すぐにでも実際に訪問したいとさえ願っています。パウロがこの生まれたての教会を置き去りにして他の土地に移動しなければならなかったという事情も、彼のこのような気持ちを強めたことでしょう。パウロは二度もテサロニケに行こうとしましたが、サタンがその試みを妨げたのです。サタンがどのように具体的に妨げたのかについては、パウロは十分には語っていません。サタンは病気や、パウロの敵対者や、あるいはコリント教会での争いを悪用したのかもしれません。テサロニケの信徒たちはパウロにとって「冠」(より正確に訳すなら「花冠」)でした。勝利の花冠は首尾よく行われた仕事に対する報酬でした。テサロニケ教会とは、パウロにとってまさにこのような存在だったのです。それは、パウロの使徒としての仕事が無駄ではなかったことの証左でした。これはパウロにとって、今も「終わりの日」にも、栄誉ある喜ばしいことでした。


第2回目の集まりのために

「テサロニケの信徒への第一の手紙」2章1〜20節

パウロはテサロニケで起きた出来事についての説明を続けます。彼は自分の伝道活動について語り、「キリストの使徒」として彼に委ねられている使命をどのように実行したか示しました。パウロはテサロニケに神様の御言葉をもたらしたことを強調します。今回扱った聖書の箇所のおわりには、イエス様に従う者たちが巻き込まれる迫害や、教会を圧迫する者たちを待ち受けている罰についての教えがあります。

1)パウロのフィリピ(ピリピ)訪問について「使徒言行録」16章を読んでください。なぜパウロは直面した困難にもかかわらず仕事を途中で投げ出さなかったのでしょうか。

2)パウロは自分が、人間にではなく、ひとえに神様の御心にかなうことだけを望んでいました。
この点で、私たち自身や私たちの属している教会についてはどうでしょうか。
私たちは人々の賞賛を求めて生きたいのでしょうか、それとも、神様の栄光を求めて生きたいのでしょうか。
私たちの教会は人々の歓心を買いたがっているのでしょうか、それとも、神様の御心にかなうことを望んでいるのでしょうか。
教会の活動を決めているのは人間でしょうか、それとも神様でしょうか。
また、このことは教会の日常の中にどのように反映されていますか。

3)パウロはテサロニケ教会の会員たちに対してどのような態度をとっていますか。
信仰の兄弟姉妹のために自分の時間や労力を費やす心の用意が私たちにはありますか。
具体的に私たちにできることはなんでしょうか。

4)神様の御前においてキリスト信仰者にふさわしく人生を歩むように、とパウロはテサロニケ教会を奨励しています。

「御国とその栄光とに召して下さった神のみこころにかなって歩くようにと、勧め、励まし、また、さとしたのである。」
(「テサロニケの信徒への第一の手紙」2章12節、口語訳)

どうして私たちキリスト信仰者は神様の御心にかなうように人生を歩まなければならないのでしょうか。

5)パウロはテサロニケに神様の御言葉をもたらしました。
私たちはどのようにして神様の語りかけを聴き取ることができるのでしょうか。
この「語りかけ」に対して私たちはどのような態度をとるべきでしょうか。
私たちはしかるべき態度で御言葉に接しているのでしょうか。

6)イエス様の御名のゆえに私たちはどのような苦しみを受けなければならなくなる場合がありますか。
私たちはそのような苦しみを受ける心の準備ができていますか。
私たちがキリストを信仰するがゆえに私たちを蔑む人々に対して、私たちはどのような態度をとるべきでしょうか。

7)「だから、わたしたちは、あなたがたの所に行こうとした。ことに、このパウロは、一再ならず行こうとしたのである。それだのに、わたしたちはサタンに妨げられた。」
(「テサロニケの信徒への第一の手紙」2章18節、口語訳)

このようにパウロは、テサロニケへの旅をサタンによって妨げられた、と言っています。サタンについての話は時代遅れでしょうか。
サタンが私たちの間でも活動している有様を私たちは観察できるでしょうか。
もしも見て取れる場合には、サタンはどのように活動しているのが見えますか。


終わりのメッセージ

聖書の重要性を最も雄弁に物語っているのは、聖書が形作られてきた歴史的背景ではありません。聖書に対して展開されてきた数々の迫害でもありません。聖書を広く伝えようとする伝道活動でもありません。最も驚くべきなのは、聖書の御言葉を通して、全能なる天と地の主が私たちに今日語りかけておられる、ということです。神様は聖書を通して語りかけておられます。この聖なる書物のページをめくると、「主はこう言われた」とか「主から来た御言葉」とか「主が語られたこの御言葉を聴きなさい」などといった表現が繰り返しあらわれます。このような表現は聖書には3800箇所以上もあるそうです。神様は御自分の僕である預言者たちや使徒たちを通して語りかけられました。神様のこの語りかけは旧約聖書と新約聖書という聖なる書物に保存されています。

それゆえに、キリスト信仰者たちはあらゆる時代に「聖書は神様の御言葉である」と喜びをもって告白してきました。とりわけ重要なのは、聖書がたんに何千年も昔の神様の語りかけにすぎないものではないことを、理解することです。聖書は神様の今日の語りかけなのです。あるいはもっと正確に言うならば、聖書において神様は私たちに対して今日語りかけておられるのです。まさしくこのことをあらわしているのが「テモテへの第二の手紙」に登場するギリシア語「テオプネウストス」という言葉です。この言葉は「神様が呼吸なさったもの」とか「神様が吹きかけられたもの」あるいは次の口語訳のように「神の霊感を受けて書かれたもの」などと訳すことができます。

「聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。」
(「テモテへの第二の手紙」3章16節、口語訳)

聖書の御言葉を通して、神様御自身が聖霊様によって、私たちに近づき、私たちの良心に語りかけ、共にいてくださることで私たちを祝福してくださいます。はじめに神様は語りかけ、そしてそのとおりになりました(「創世記」1章)。今日でもなお神様の御言葉には同じ創造する言葉としての力があります。神様が語りかけるとき、新しいものが生み出されます。死者はよみがえります。たとえば、次の聖書の箇所をみてください。

「「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。」
(「コリントの信徒への第二の手紙」4章6節、口語訳)

「天から雨が降り、雪が落ちてまた帰らず、地を潤して物を生えさせ、芽を出させて、 種まく者に種を与え、食べる者にかてを与える。
このように、わが口から出る言葉も、むなしくわたしに帰らない。
わたしの喜ぶところのことをなし、わたしが命じ送った事を果す。」
(「イザヤ書」55章10〜11節、口語訳)

神様は聖書を通して語りかけておられます。サムエルと同じようにして「主よ、語りかけてください。僕は聴いております」(「サムエル記上3章」)と言う素直な姿勢を学んでいこうではありませんか。

(Reijo Arkkila)