マタイによる福音書22章 召される者は多いが、選ばれる者は少ない

フィンランド語原版執筆者: 
パシ・フヤネン(フィンランド・ルーテル福音協会牧師、宣教師)
日本語版翻訳および編集責任者: 
高木賢(フィンランド・ルーテル福音協会、神学修士)

この章は「マタイによる福音書」における「イエス様の説教集」の一つです。「論争集」のようなものとも言えるでしょう。

しかし、これらの四つの議論(16〜46節)を読み通すのに要する時間がいかに短いかを考えると、イエス様がエルサレムでの最後の一週間に民衆に語られた教えのほんの一部しか福音書には書き記されていないことに気づきます。

「福音書に記されたイエスの説教の大部分は弟子たちによる創作にすぎない」と吹聴するドイツの自由主義神学者たちを批判したイギリスの聖書学者ヴィンセント・テイラーは「もしすべてが創作されなければならないのであれば、元の説教はどこへ消えてしまったのか」と問い、「もしドイツの自由主義神学者たちの主張が正しいとするならば、最初の昇天主日に天にあげられたのはイエス様おひとりだけでなく、イエス様の話を聞いていたすべての弟子たちもである」と結論付けました。ここには「そのせいで、イエス様の話されたことを記録する人が誰一人いなかったのだろう」という皮肉が込められています。

王の婚姻の宴 22章1〜14節

「婚姻の譬」が神様とイスラエルの間の親密な関係を象徴していることはイスラエルではよく知られていました。しかし、ここでイエス様は王の「息子」の婚姻であることを強調なさっておられます。イエス様は神様の「御子」なのです(9章14〜17節を参照してください)。

これとほぼ同じ譬はルカにも出てきます(「ルカによる福音書」14章15〜24節)。しかし、両者には文脈にも内容にも多くの相違点があります。イエス様がいろいろな異なる状況において同様の譬を民衆に語られていたことは明らかです。それも当然でしょう。当時、民衆全員が一度に譬を聞けるような機会を設けることはできなかったからです。ルカでは「招待された客たちは婚姻の宴に来たがらず、むしろ逆に招待した主人を侮辱したがった」という点が強調されています。マタイでは「最終的に誰が婚姻の宴に参加することになるのか」という点が強調されています。

1節の「彼らに」とは祭司長たちとファリサイ派のことです。イエス様はすでに21章でも彼らに二つの譬を語っておられます。

中近東では招待状は二度送られました。最初のものは予告的な招待状であり(3節)、二通目は全ての準備が整った時に送られる最終的な招待状です。要するに、最終的に招待された人々はすでに最初の招待に婚姻の宴に参加することを約束していたのです。ところが、彼らは土壇場になって招待を断り始めました。これはイスラエルの民、特に彼らの宗教的な指導者たちの態度を如実に表わしています。彼らは「神様の御民」となることを願っていました。にもかかわらず、彼らを「神様の御国」に招いてくださるイエス様の御許に来ることを望まなかったのです。

7節はエルサレムの来るべき滅亡を預言しています。それはイエス様の死後約40年経った西暦70年に現実に起こりました。

「それから僕たちに言った、『婚宴の用意はできているが、招かれていたのは、ふさわしくない人々であった。だから、町の大通りに出て行って、出会った人はだれでも婚宴に連れてきなさい』。」
(「マタイによる福音書」22章8〜9節、口語訳)

招待された人々が出席を望まなかったため、代わりに他の人々が結婚式に招待されることになりました(8〜9節)。これは「異邦人伝道の時代が始まる」という預言でもあります。ユダヤ人たちがキリスト教徒になろうとしなかったため、キリスト教会は誕生してからほどなくして異邦人キリスト教徒が多数を占める教会となりました。

主人は招待客たちのために「礼服」を用意していたものと思われます(「列王記下」10章18〜22節(「祭服」)を参照してください)。これは特にこのような状況において必要とされたのでしょう。人々は街路や市場からそのまま婚姻の宴席へと集められてきたため、礼服を持参してはいなかったはずだからです。

この譬で婚宴の席にいた「礼服をつけていないひとりの人」は差し出された礼服を受け取らなかったのです。このような態度には婚礼の主人への侮蔑が表れています。

天の御国には「イエス様の義」を受け入れることによってのみ到着できます。次の「イザヤ書」は美しい箇所です(なお「イエス様の義」を受け入れなかった者たちの結末については「ヨハネの黙示録」19章8節を参照してください。)。

「わたしは主を大いに喜び、
わが魂はわが神を楽しむ。
主がわたしに救の衣を着せ、
義の上衣をまとわせて、
花婿が冠をいただき、
花嫁が宝玉をもって飾るようにされたからである。」
(「イザヤ書」61章10節、口語訳)

私たちキリスト信仰者がどのようにして「キリストの義」を着せていただいたか、パウロは次のように説明しています(「ルカによる福音書」15章22節も参考になります)。

「あなたがたはみな、キリスト・イエスにある信仰によって、神の子なのである。キリストに合うバプテスマを受けたあなたがたは、皆キリストを着たのである。」
(「ガラテアの信徒への手紙」3章26〜27節、口語訳)

「マタイによる福音書」22章13〜14節は「永遠の滅び(地獄)」について述べており、「ダニエル書」に記されている「火の燃える炉」と同じように見えますが内容的にはむしろ逆である状況を描いています。「ダニエル書」の箇所では、ネブカデネザル王によって不当にも罪に定められた者たち(いと高き神のしもべシャデラク、メシャク、アベデネゴの三人)が縛られて火の中に投げ込まれましたが(「ダニエル書」3章20〜25節)、「神の子」がそこに彼らと共にいて彼らを守り切り、救い出したのです。

この譬で描かれている「主の婚姻の宴への招待」はすべての人を招待の対象としているものであり、すべての人に告知されるべきものでもあります。しかし、すべての人がこの招待を受け入れることにはなりません(14節)。また、この招待を実生活上の理由から拒絶する人々もいます(18章21〜35節の「自分は主から憐れみを受けたのに他の人々を憐れまない悪い僕の譬」も参照してください)。とはいえ、異邦人たち(非ユダヤ人たち)も決して「自動的に」救われることにはなりません。イエス様の時代のユダヤ人律法教師たちの神学的な重大な欠陥は「ユダヤ人は自動的に救われる。神様に選ばれた御民に属してさえいればそれで十分なのだ」というように民衆に教えたことです。しかしキリスト教信仰によれば、人が「神様の子ども」となるのは生まれながらにではなく、洗礼と信仰によってなのです。

皇帝へ税金を支払うこと 22章15〜22節

西暦6年にローマ帝国がユダヤの地を直接支配するようになると、住民はいわゆる人頭税を支払わなければならなくなりました。人頭税は皇帝の金庫に直接納められるため、皇帝への税金の支払いの是非についての議論が当然ながら巻き起こりました。ローマは他の種類の税金や関税も徴収していましたが、人頭税は特にユダヤ人の民衆から嫌われていました。人頭税を支払うことはユダヤの民がローマ皇帝に服従し従属していることを意味していたからです。

ファリサイ派に協力したグループとしてヘロデ王の支持者たちがいましたが、この組み合わせは奇妙に思えるものでした。ヘロデ王の支持者たちはヘロデ・アンティパスがユダヤ全土の支配者になることを望んでおり、ローマへの税金の支払いを支持していました。一方、ファリサイ派はローマ帝国によるユダヤ支配にも税金の支払いにも反対していました。イエス様はこのように立場の異なる二つのグループから発せられた質問が純粋な意図からなされたものではないことをよく分かっておいででした。

ヘロデの支持者たちは、イエス様がローマへの税金の支払いに反対するようならば喜んでイエス様をローマ人に引き渡すつもりでいたという点では、たしかにファリサイ派の良い協力者でした。

もしイエス様がローマへの税金の支払いを支持するようならば、ファリサイ派はイエス様に対してユダヤの民衆の怒りを煽ったことでしょう。

したがって、この質問はどうやっても正しく答えることができないような形になっていたのです。否定的な答えも肯定的な答えもイエス様にとってはやっかいな問題を引き起こすことになるからです。

イエス様に反対する者たちの目的は、イエス様をローマ当局に引き渡し何らかの重い罪状をイエス様に負わせてローマ人によってイエス様を裁かせることでした。ローマ人はユダヤ人から死刑判決を下す権利を剥奪していたからです(「ヨハネによる福音書」18章31節(「そこでピラトは彼らに言った、「あなたがたは彼を引き取って、自分たちの律法でさばくがよい」。ユダヤ人らは彼に言った、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」。」))。それゆえ、イエス様を死刑に処するためには手続き上ローマ人たちにその死刑判決を下させる必要がありました。

「そのときパリサイ人たちがきて、どうかしてイエスを言葉のわなにかけようと、相談をした。そして、彼らの弟子を、ヘロデ党の者たちと共に、イエスのもとにつかわして言わせた、「先生、わたしたちはあなたが真実なかたであって、真理に基いて神の道を教え、また、人に分け隔てをしないで、だれをもはばかられないことを知っています。それで、あなたはどう思われますか、答えてください。カイザルに税金を納めてよいでしょうか、いけないでしょうか」。」
(「マタイによる福音書」22章15〜17節、口語訳)

相手のご機嫌を取ってその勇敢さを過度に称賛するとき、人々はしばしば大袈裟な発言をしがちなものです(16節)。しかし、イエス様は反対者たちの「悪意」を見抜いておられました(18節)。彼らは本心を偽って相手にへつらう見せかけだけの「偽善者」だったのです。

税金を払うために必須とされたデナリ貨幣を見せるようイエス様は彼らに要求なさいました(19節)。すでにこの時点でイエス様の反対者たちはその偽善性を隠すことができなくなっていました。「偶像」とみなされうるデナリ貨幣は本来ならば神殿の境内に持ち込まれるべきものではなく(21章23節)、その前に両替屋のところに行って聖所用のシェケル硬貨に両替すべきものだったからです(21章12〜17節)。

デナリ貨幣にはローマ皇帝ティベリウス(在位14〜37年)の肖像と「神なるアウグストゥスの子、ティベリウス・アウグストゥス帝」という銘文が刻まれていました。ユダヤ人たちは貨幣に人物の肖像の刻印があることを容認できませんでした。彼らはそれをモーセの律法の「第二戒」に違反するものとみなしたからです。そして、この銘文の刻まれた貨幣によって皇帝はよりいっそう明瞭に神格化された存在とみなされたのです。ここでいう「第二戒」は「出エジプト記」20章4〜6節に記されている「偶像崇拝の禁止」の戒めであり、ルター派では「第一戒」の一部とみなされています。

「そこでイエスは言われた、「これは、だれの肖像、だれの記号か」。彼らは「カイザルのです」と答えた。するとイエスは言われた、「それでは、カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」。彼らはこれを聞いて驚嘆し、イエスを残して立ち去った。」
(「マタイによる福音書」22章20〜22節、口語訳)

イエス様のお答えは「知恵」に基づいており、敵対者たちからあらゆる「武器」を奪い去りました。商業を営む民族としてユダヤ人はローマ帝国による平和の恩恵を享受していました。しかしその一方で、彼らは帝国の経費の一部を負担しようとは考えていませんでした。「カイザル」(ローマ皇帝のこと)は神様の御計画において独自の役割を担っている以上、本来ならばユダヤの民も神様から与えられた支配者を税金などを支払うことで支えなければならないはずでした。この件に関してパウロは「ローマの信徒への手紙」で次のように教えています。

「あなたがたは、彼らすべてに対して、義務を果しなさい。すなわち、貢を納むべき者には貢を納め、税を納むべき者には税を納め、恐るべき者は恐れ、敬うべき者は敬いなさい。」
(「ローマの信徒への手紙」13章7節、口語訳)。

しかし、もっと重要なことがあります。人間は神様のかたちに似せて造られたがゆえに(「創世記」1章27節)、「神様のもの」になっているということです。しかも、創造と贖いの両方を通して人間は二重に「神様のもの」とされているのです。

復活をめぐる問題 22章23〜33節

サドカイ派はユダヤ教で最高位にある祭司職階級でした。彼らはダビデが大祭司に任命したザドクの子孫であり(「サムエル記下」8章17節、「列王記上」2章35節)、大祭司は彼らの中から選出されました。イエス様の時代には彼らは極めて世俗化しており、彼らの宗教観はギリシア・ローマの宗教の影響を受けていました。

サドカイ派にはイエス様との接点がほとんどありませんでした。福音書でのサドカイ派とイエス様との間の唯一の出会いはこの箇所での論争だけでした。結局のところ、ファリサイ派のほうがイエス様に近しかったのであり、だからこそイエス様と多くの論争を繰り広げることになったのです。

サドカイ派は「復活」(23節)を否定していました。さらにそれに加えて、天使を含む諸霊の存在(30節を参照してください)や最後の裁きの時がいずれ来ることも否定していました。彼らは旧約聖書のいわゆる「モーセ五書」(最初の五書、すなわち、「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」)だけを「旧約聖典」として承認していました。サドカイ派に概ね相当する現代のグループは聖書を軽視するリベラルな神学者たちであると言えなくもありません。

自分たちの理論を正当化するためにサドカイ派の持ち出してきた「例」は原理的に復活が不可能であることを示すためのものでした。復活は理性に反しており、一夫一婦制のみを認めていたモーセの律法にも反することになるからです。そもそも、天の御国で一人の女性が七人の男性の妻になることはできないはずです!ユダヤ教の教師であるラビたちは最初の結婚が天の御国でも続いていくと教えていました。

この例はいわゆる「レビラト婚」、すなわち義兄弟婚に関係するものです(ラテン語で義兄弟(夫の兄弟)は「levir」(レヴィル)といいます)。男性が子どもを残さずに亡くなった場合、その兄弟の誰かは亡くなった男性の未亡人と結婚しなければならず、二人の間に生まれた最初の子どもは亡くなった男性の子どもとみなされたのです(「申命記」25章6節)。このような結婚の慣習ができた背景には「土地」に関するユダヤ人独特の考えかたがあります。それによると、土地は「神様のもの」であり、神様が各親族に統治するように分配なさったものです。そのような土地は互いに別の親族間で譲渡し合うことが許されていませんでした。これは特定の親族が途絶えることを避けるためでした。土地は事実上売却してはいけないものとされたため、貸し出すことしかできませんでした。そして、貸し出された土地は50年ごとの「ヨベルの年」に元の正当な所有者の手に返還されたのです(「出エジプト記」25章1〜34節)。イスラエルで「ヨベルの年」が実施されたかどうかは定かではありませんが、モーセの律法はそれについて明確に規定しています。

レビラト婚(義兄弟結婚)には未亡人の社会的立場を守るという意味合いもありました。当時の中近東の社会において夫のいない女性の立場は非常に弱く困難を伴うものだったからです。

「イエスは答えて言われた、
「あなたがたは聖書も神の力も知らないから、思い違いをしている。復活の時には、彼らはめとったり、とついだりすることはない。彼らは天にいる御使のようなものである」。」
(「マタイによる福音書」22章29〜30節、口語訳)

サドカイ派はファリサイ派と同様に「復活後も地上と同じような人生が続く」という論理に基づいて議論を展開しました。しかし、イエス様はこの考えかたを明確に否定なさいます(30節。また「コリント信徒への第一の手紙」15章35〜57節も参照してください)。天の御国にはそもそも死が存在しないため、そこでは子どもが生まれることも結婚の必要性もないからです。

29節では「神の力」の前に「聖書」が出てくることに注目してください。現代にも神様の力を聖書の御言葉から切り離そうとする説教者たちがいます。しかし、イエス様のやりかたはそれとは正反対のものです。神様の啓示である「聖書」こそ基盤なのであり、その基盤の上でのみ「神様の力」を実際に体験することができるのです。

「また、死人の復活については、神があなたがたに言われた言葉を読んだことがないのか。『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』と書いてある。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である」。
(「マタイによる福音書」22章31〜32節、口語訳)

イエス様は「モーセ五書」の言葉を用いて、聖書が復活について教えていることを示しておられます(32節、「出エジプト記」3章6節では、神様がエジプトからイスラエルの民を解放するためにモーセを召命なさったときの御言葉が記されています)。

イエス様の教えは「山上の説教」と同じ効果をもたらしました。群衆はこれを聞いてイエス様の教えに驚いたのです(33節、また7章28〜29節も参照してください)。

愛の二重の戒め 22章34〜40節

サドカイ派へのイエス様の答えは彼らをやりこめました。しかし、イエス様がすでに二度も律法をめぐる論争で勝利なさったにもかかわらず、いまだにファリサイ派は十分には納得していなかったため、イエス様に対してもう一度論争を挑むことにしたのです。

ラビたちは「律法の中で最も偉大で最も重要な戒めはいったい何か」という問題に頭を悩ませていたため、それについてイエス様に尋ねるのは当然の成り行きでした。

イエス様のお答えは「神様を愛すること」の「縦方向の広がり」と「横方向の広がり」を互いに結びつけるものでした。これは「十戒」にも当てはまる構図です。十戒のうちの最初の三つの戒めは「神様と人間の関係」について、4番目から10番目の戒めは「隣人同士の関係」についてのものだからです。

しかし、すべての戒めの根底には「神様との関係」がある点に注意すべきです。「隣人を愛すること」によっては誰も真に救われることにはなりません。それに対して、ラビ・ヒレルは「隣人を愛すること」を最重要な戒めとみなしました。現代の西欧キリスト教にもそれとほぼ同じ考えかたがしばしばみられます。

「イエスは言われた、
「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」。」
(「マタイによる福音書」22章37〜40節、口語訳)

37節でイエス様はユダヤ教の信条(「申命記」6章4〜5節)の冒頭部分を引用なさっています。この信条はすべてのユダヤ人が毎日祈るべき祈りであるとされています。39節は「レビ記」19章18節(「あなたはあだを返してはならない。あなたの民の人々に恨みをいだいてはならない。あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。わたしは主である。」)からの引用です。通説とは異なり、「隣人を愛すること」の重要性について教え始めたのはイエス様だけではなかったのです。ユダヤ教にとっての難問は「そもそも「私の隣人」とは誰なのか、それは敬虔なユダヤ人だけなのか、それともすべてのユダヤ人のことなのか」ということでした。ユダヤ教では異邦人を「隣人」とみなすことは想定外でした(「ルカによる福音書」10章25〜37節の「善きサマリア人の譬」を参照してください)。

ユダヤ教では十戒にまつわる律法が量的に拡大されました。その結果、十戒を構成する文字数と同じ数である613もの戒律と勧告が作り出されました。これらは一年間毎日一つずつ当たる計365個の禁令と、248個の勧告と戒律から構成されていました。

誰がメシアなのか 22章41〜46節

この箇所ではついにイエス様のほうから反対者たちに尋ねることになりました。

イエス様の質問は極めて単純に思えます。それは「メシアとは誰の子か?」というものでした。 子どもでも答えることができたでしょう(21章9、15節を参照してください)。もちろん答えは「ダビデの子」です。

しかし、イエス様は「詩篇」110篇1節に基づいてさらに質問を続けられます。当時一般的にこの詩篇はメシアに関する詩篇であると考えられていました。メシアがダビデの子孫、すなわちダビデより劣る者であるならば、どうしてダビデはメシアを自分の主、すなわち自分より偉大な者と呼ぶことができるのでしょうか。メシアがダビデより劣っていると同時に偉大でもあるというようなことがはたして起こりうるのでしょうか。

ユダヤ人たちは「メシアはダビデの子孫に過ぎない」と考えていました(「サムエル記下」7章14〜16節、「イザヤ書」11章1節)。「エレミヤ書」23章5〜6節には「主は仰せられる、見よ、わたしがダビデのために一つの正しい枝を起す日がくる。彼は王となって世を治め、栄えて、公平と正義を世に行う。その日ユダは救を得、イスラエルは安らかにおる。その名は『主はわれわれの正義』ととなえられる。」とあります。「メシア」はこの地上にダビデ一族の王国を再建する革命的な指導者、王となると考えられていたのです。(「アモス書」9章11節も参照してください。)

新約聖書はイエス様がダビデの子孫であると教えています。イエス様の系図には「マタイによる福音書」1章6節と「ルカによる福音書」3章31節の両方に「ダビデ」の名が記されています。

キリスト教信仰と聖書の啓示によれば、イエス様はダビデの子孫であるだけでなく、ダビデの主でもありました。人間としてはダビデの子孫であり、ダビデより劣る存在でした。しかし、神様としてはダビデよりも偉大な存在でした。メシアの神様としての本質については旧約聖書のメシア預言の中で何度も言及されています。その例として「ゼカリヤ書」から二つの箇所を以下に挙げることにします。

「主はわたしに言われた、「彼らによって、わたしが値積られたその尊い価を、宮のさいせん箱に投げ入れよ」。わたしは銀三十シケルを取って、これを主の宮のさいせん箱に投げ入れた。」
(「ゼカリヤ書」11章13節、口語訳)

銀貨30枚が神様の代価だったのです。

「わたしはダビデの家およびエルサレムの住民に、恵みと祈の霊とを注ぐ。彼らはその刺した者を見る時、ひとり子のために嘆くように彼のために嘆き、ういごのために悲しむように、彼のためにいたく悲しむ。」
(「ゼカリヤ書」12章10節、口語訳)

これは十字架で差し抜かれる神様の御子イエス様を預言している箇所です。

イエス様に反対した人々はイエス様が彼らに何を言おうとしていたのか全くわからなかったのでしょうか、それとも、メシアが神様の御子であるとは恐れ多くて考えようともしなかったのでしょうか。このことについて適切な答えを導き出すのは困難です。

当時のユダヤ人たちの「メシア」についての理解の仕方に対して、イエス様は地上の王、地上のメシアとしての役割を御自分が引き受けることを拒否なさいました。イエス様は御自分が神様によって地上に遣わされたメシアであることを願っておられたからです。

「イエスは言われた、「それではどうして、ダビデが御霊に感じてキリストを主と呼んでいるのか。すなわち
『主はわが主に仰せになった、
あなたの敵をあなたの足もとに置くときまでは、
わたしの右に座していなさい』。」」
(「マタイによる福音書」22章44節、口語訳)

ダビデは詩篇の中で神様を表すために一般的に使われる「アドナイ」という呼称を用いています。したがって、44節の「主」は神様を表していると考えられます。もちろん当時のヘブライ語の口語では普通の意味での人間としての「主」との区別はなされなかったため、表記上はどちらの「主」の意味でとっても「詩篇」110篇1節における「主」と同じように正しいものとなります。